表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
28/242

ある真冬の日の珠子と操

「うー、寒い。さすが二月だね。今朝は底冷えするわ」


毎朝の習慣、アパートの通路の掃除を終わらせて部屋に戻ると、操はお湯で手を洗い、キッチンでいつもより熱めのお茶を淹れた。

冷え切った指のせいで湯呑みを持つ手はお茶の熱さを少しの間感じなかったが、


「熱っ」


血行が良くなって感覚が戻ると持っていられなくて慌ててテーブルに置いた。


「ミサオ、おはよう」


目を擦りながら珠子が起きてきた。


「おはよう、姫。今朝はこの冬一番の寒さだからフリース羽織って。エアコンだけじゃ中々部屋が暖まらないわね」


「サーキュレーター回す?」


珠子がエアコンの暖かい空気が足もとに流れるようにスイッチを入れるか聞いた。


「お願い。さ、ごはんにしましょう」


炊きたてのご飯に生卵をかけてスプーンと共に珠子の前に置いた。それと南瓜と厚揚げの味噌汁と温野菜のごまドレッシングあえが今日の朝食だ。


「いただきます」


できたての味噌汁をふうふうしていると、インターホンから柊の声がした。

操が玄関の鍵を捻ると


「入ってきて」


扉を開けずに大きな声で言った。

柊が手を擦りながら扉を開けて入ってきた。


「今朝は寒さがこたえるね。おお、味噌汁旨そうだな」


「飲んでいきなさいよ」


操が勧めてくれたので、柊はお言葉に甘えることにした。


「タマコ、おはよう」


「ヒイラギ君おはよう」


湯気の上がった味噌汁椀が目の前に置かれた。


「ご飯も食べる?」


「これだけでいいよ。ああー、あったまる」


柊がお椀を持ってずずーっとやってると、操が聞いた。


「アンタがわざわざここに来たってことは、近い内に彼女を連れて来るのを言うためかしら」


「そう。何でわかった?カシワが言ったのか。まあ、うん、そうだな。今度の土曜日、いいかな?」


「かまわないわよ」


「昼頃、ここに来るから、よろしくお願いします」


「デリバリーのピザをたくさん頼んでパーティーでもしましょうかね」


「いいね。よろしく頼みます。じゃあ仕事に行ってくる。味噌汁ごちそうさま」


「ヒイラギ君、いってらっしゃい」


「タマコ、いってきます」


柊が部屋を出ると操は扉の鍵を閉めて食卓に戻ってきた。


「ミサオ、お味噌汁冷めちゃったんじゃない」


「そうね。温め直すわ」




朝は寒かったが昼近くなると日射しのおかげで部屋の南側は温室のようにぽかぽかしてきた。


「ここは暖かいけど、外は寒いわね。姫、今日はここでじっとしてましょう」


操はひざ掛けを広げて、ソファーに並んで座った珠子と自分の足もとにふわっと掛けた。


「ねえヒイラギ君、彼女を連れてくるの?」


珠子が聞くと、操は頷いた。


「そうみたいね。どんな娘さんが来るのか楽しみね」


「私も早く会いたいな。どんなお姉さんかな」


「ところで、姫も4歳だから、そろそろ幼稚園に通ってみる?」


「行かない。ミサオと一緒にいろいろな所に出かけたり、アパートのお兄さんやお姉さん、おじいさん、おばさん、それからリョウ君とお話しするのが楽しいの」


「そうか。でも小学校からだと…他の子は幼稚園から仲良くなってるだろうから、その中に入っていくの大変じゃない?」


「大丈夫だよ。私、初めて会うお友だちとすぐ仲良くなれるよ」


珠子はにこりと微笑んだ。


「そうなの。わかったわ。あっ、そうだ、近いうちに図書館に行ってみようか。姫は絵本をあまり見る機会がなかったね。もし気に入った本があったら買い揃えてもいいかな」


「図書館、行ってみたい。ここには本ないよね」


「そうだね。狭いから、ここに引っ越す時にみんな処分しちゃったのよね」



六年以上前のこと、神波家はここから二駅離れた住宅地に住まいを構えていた。

その家は先祖代々住んでいた築百年越えの純和風建築だった。しっかりした堅牢な造りの建物ではあったが、さすがにあちこち修繕が必要だった。

そして今から八年ほど遡った夏、操の夫の神波(じん)が病に倒れ、あっけなくこの世を去ってしまった。夫の死を悲しむ間もなく、操の両親も相次いで他界した。

仁も操も一人っ子だったため、操の肩に二つの相続がのしかかった。年季の入った手入れ必須の神波の家は、操の子どもたちと親戚全員で話し合い、買い手の言い値ではあったが売却をした。

操の実家である今の場所をアパートに建て替え、その一画を家族のそれぞれの住まいにした。元々の神波の家より今の自分たちの専有面積は狭いので、ここに引っ越しする際、多くのものを処分したのだ。そのため、たくさんあった絵本や図鑑も今は無い。

操の子どもたちは本でも雑誌でも電子書籍で用が足りるが、珠子には紙の絵本を見て欲しいと操は思った。



「姫、これから図書館に行ってみる?」


「うん。行きたい」


珠子は厚手のコートにシロクマのリュックを背負い、操と手を繋いで駅の向こう側にある図書館に向かった。


「天気はいいけど寒いね」


操の声が震えた。


「ミサオとゆっくりお出かけ、嬉しいな」


珠子は元気いっぱいだ。

図書館に着くと、絵本のコーナーへ珠子は早足で向かった。そして、迷うことなく三冊の本を選んだ。


「随分早く決めたね。ゆっくり内容を見ていいのよ」


そう言う操に、珠子は本を渡した。


「これでいいの。この三冊の絵本が私に見て見てって言ってる」


「そう。わかった」


操と珠子は、カウンターに行って本を借りる手続きをした。

借りた本をしまうために操がバッグの口を開くと、珠子が一冊ずつ、


「これは、ノッシーみたいなカメが冒険するおはなし」


「これは、虹の橋がどこに架けられるのかっていうおはなし」


「最後の本は、弟が生まれて女の子がお姉ちゃんになるおはなし」


一度もページを開いていないのにあらすじを説明しながらしまった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ