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ハイツ一ツ谷のホッとな日常  作者: モリサキ日トミ


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月美とお買い物(1)

土曜日。今日は月美と二人きりで手芸店へ買い物に行く。

珠子はわくわくが止まらなかった。

普段、ほとんど訪れることのないこの手の店では、珠子の見たことのない物や宝石のようなボタンや触ったことのない手触りの布地を見られるのがとても楽しみなのだ。

十一月も中旬になると、様々なショップやショッピングモールがブラックフライデーセールを行っていた。

これから月美と出かける手芸店も様々な商品をいつもより安く販売するらしい。そこで、幼稚園のクリスマス会で発表する劇で珠子が演じる深海の魔女の衣装に使う布地や材料をセールになったこの機会に買いに行くのだ。

今日は月美の希望で女同士で出かけるので、孝と柏は留守番だ。そして、珠子も月美と二人で出かけたいと言うことで、操もひとり寂しく留守番をすることになった。


「姫、寒くない格好をしてね」


「うん。わかった」


「姫、ハンカチとティッシュは持った?」


「シロクマリュックに入れたよ」


「姫、トイレは大丈夫?」


「うん。すませた」


「姫…」


「ミサオ、心配しないで」


珠子は操が一緒に行きたいのをよくわかっているのだが、今日は月美と二人で出かけたいのだ。


「ミサオ、何かいるものある?あったら買ってくるよ」


「特に欲しい物はないわ。無事に帰ってくれればいいの」


「わかった。気をつけていってきます」


その時インターホンが鳴り、月美が迎えに来た。


「お義母さん、おはようございます。珠子ちゃん、おはよう」


「おはようございます。月美さん、姫をよろしくお願いします」


「はい、お預かりします。珠子ちゃん、出かけましょうか」


珠子は暖かそうなショートブーツを履いて月美と手を繋ぐと


「いってきます」


操に手を振った。月美も笑顔で会釈をすると、二人はアパートの敷地を出て駅方向へ向かって行った。


「行っちゃった」


操は寂しそうに、珠子と月美の姿が完全に見えなくなるまで見送った。

駅へ向かう歩道を歩きながら


「カシワ君、せっかくのお休みに月美さんがいなくていじけてないですか?」


珠子が月美の顔を見上げると


「ええ。いじけてた。俺が車で連れて行くよって言ってくれたのを断ったら拗ねてた」


「やっぱりね。カシワ君て、本当に月美さんにべったりだもんね」


二人でクスクス笑い合った。


「孝も、ぎりぎりまで一緒に行くってごねてたのよ。珠子ちゃんの手はおれが繋ぐって言って」


「そう言われると、ちょっと嬉しいな」


珠子が満足気な顔をした。


「珠子ちゃんは孝のどこが好きなの?」


「えっ」


月美のストレートな質問に、珠子はすぐに答えることが出来なかった。

優しいところ、真面目なところ、いつも珠子のことを思ってくれるところ、両親思いなところ、書道が得意なところ、運動神経がいいところ、いつも手を繋いでくれるところ、いつも車道側を歩いてくれるところ、ノッシーの面倒をしっかりみて可愛がるところ、ベドリントンテリアのプリンに好かれているところ、珠子の弟の元太に好かれているところ、カッコイイところ、珠子を大事にしてくれるところ…たくさん、たくさんありすぎて結局


「全部」


と、珠子は答えた。


「珠子ちゃん」


月美が突然立ち止まった。


「どうしたんですか?」


珠子は驚いて月美を見た。


「これからも孝をよろしくお願いします」


月美が頭を下げた。


「えっ、月美さん、やめてください。頭を上げてください」


珠子は慌てて月美に抱きつくようにして、下げた頭を上げてもらった。


二人が駅に着くと


「やっぱり人が多いわね。珠子ちゃん、はぐれないようにしっかり手を繋ごうね」


「うん」


電車に乗って手芸店がある最寄り駅で降りると駅前の大通りに大型スーパー程の大きさの店舗が見えた。


「前も来たけど、大きいお店だね」


珠子がその建物を見上げた。

その手芸店には、柊と美雪の結婚式で珠子と孝が花嫁のベールを持ってバージンロードを歩くためのお揃いのワンピースとパンツの材料を買いに来たことがあった。


「今、セールをやっているからいろいろ見ましょうね」


「はい!」


店内はブラックフライデーらしく黒と金色のPOPや装飾が至る所に飾られていて買い物客で混んでいた。


「まず黒い布を見ましょうか」


二人は手を繋いでサテン生地のコーナーへ向かった。


「ツルツルテカテカの布もいろんなのがあるんだ!」


珠子は、棚にずらりと並んでいる厚紙の芯に巻かれたサテン生地をそっと撫でた。


「ワンピースは伸縮性のある生地にしましょうか。これなら、被って着ることが出来るから脱ぎ着が楽ね」


月美は予算と相談しながら次々と布地や材料をカゴに入れた。


「月美さん」


一通り必要な物を揃えられた月美に珠子が声をかけた。


「なあに」


月美が珠子を見る。


「あのね、ボタンが見たいの」


「いいわよ。ボタンのコーナーに行きましょう」


そこには様々なボタンの見本がずらりと並んでいて、アクセサリーショップみたいだった。


「綺麗だな」


珠子がため息交じりに言う。


「何か気になる物があった?」


「あのね、同じボタンを付けたら違う洋服でもタカシとお揃いになるかなって思ったの」


珠子の話に


「うん。それいいわね。ポロシャツなら手軽に付け替えられるわ。珠子ちゃんはポロシャツ持ってる?」


「はい、持ってます」


「それならポロシャツのボタンをお揃いにしましょう。どんなボタンがいいかしら」


珠子はしばらく考えながら


「透明なボタンが可愛いけど、濃い色のポロシャツだと目立たなくなっちゃうな」


ブツブツ言って悩んでいた。


「珠子ちゃんが持っているシャツは何色なの?」


月美の問いに


「私は薄いピンクのとクリーム色です」


珠子が答えると


「孝が持っているのは紺やモスグリーンのだから、同じ形の色違いのボタンにしましょうか」


月美が何種類かのボタンを提案した。


「この透明で中心が金色の花みたいな模様になってるのがいいです」


「それじゃ、これにしましょう」


同じ素材で同じ大きさ同じ形のボタンを布地が入ったカゴに入れて会計に向かった。

珠子は、孝とお揃いの物が一つ増えるのがとても嬉しかった。

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