ココアプリン
「ミサオ、今日は刑事さんが来たの?」
幼稚園からの帰り道、珠子と操は手を繋いで歩きながら、午前中の操の部屋での話をしていた。
「そう。姫が今までに被害を受けた事件の話もしたわ。6歳なのに何度も危ない目に遭って大変でしたねって言ってた」
「そうだよね。私ってなんか狙われやすいのかな?きらりちゃんのお婆さんのことは仕方ないかなって思うけど」
きらりは珠子と同じ産院でほぼ同じ時刻に生まれるはずだった子どもだ。珠子は無事に生まれたが、きらりは母親と共に亡くなってしまった。
珠子が生まれた瞬間のことだ。天に旅立つ直前のきらりが、珠子に彼女の祖母へ向けてのメッセージを託したのだった。
だが、嫁の出産に立ち会っていたきらりの祖母の大島かの子は、無事に生まれた珠子に対して一方的に恨みを持ってしまった。そのため、彼女は人を雇い珠子を亡き者にしようとしたのだった。
「きらりちゃんのお婆さんはどうしてるのかなぁ」
珠子が呟く。
「私たちが被害届を出さなかったし、おそらく不起訴になって、どこかで暮らしているわよ。寂しくなったら自分の手のひらを見てるんじゃない。姫がきらりちゃんから受け取ったメッセージのおかげで、かの子さんは手のひらにいつもきらりちゃんを感じることが出来るんだもの。私も今、姫を感じてるわ」
操は珠子に微笑みかけて、彼女の手をしっかり握った。
そのメッセージとは、きらりの手相と指紋の渦の巻き方が大島かの子のそれとそっくりだから、寂しい時には手のひらを見て欲しいというものだった。
実際、かの子が常に持ち歩いている小さなアルバムの一ページには『命名 きらり』と書かれていて小さな手形と足形が押されてあり、かの子の手のひらと見比べたら本当にそっくりだったのだ。
そして、今年の夏に、きらりときらりの母の沙理奈が大きな黒い揚羽蝶の姿で珠子に感謝を伝えに現れたのだった。
ただ蝶々が苦手な珠子はパニックになってしまったが。
「姫が変質者に狙われやすいのは、あなたがとっても可愛いからよ。私も気を引き締めてあなたを守らなくちゃ」
操は気楽な感じで話したが、背後の気配にはピリピリするほど気を使っていた。
「ミサオ、ありがとう。面倒かけます」
と珠子が言う。
「何を言ってるの!面倒なんかじゃないわ。姫は私の宝なんだから」
操の愛情たっぷりの言葉に、珠子は擽ったそうにしていた。
アパートに着くと、珠子が制服を脱ぎ操はキッチンでおやつを用意して
「姫、ココアプリン食べましょう」
奥に向かって声をかけた。
「はーい」
脱いだ服をハンガーに掛けて、珠子が小走りでキッチンへやって来た。
素早く椅子に座り、操がテーブルにココアプリンを置いた。
「いただきます!」
スプーンを持ち、珠子が元気よく言った。プリンを掬って口に運ぶと
「ミサオ、すっごく美味しい!黄色いプリンもいいけど、茶色のチョコ味のプリンてこんなに美味しいんだね」
珠子があっという間に完食した
「月美さんに教えてもらったの」
操もプリンを一口食べて
「うん。想像以上にいけるわね」
頷きながら、月美さんて凄いわと言った。
「プリンがまだ残ってたら、タカシを呼んで食べさせてあげたいな」
珠子は器をシンクに片づけると
「ミサオ、プリンまだある?」
と確認した。
「ええ。あるわよ」
「じゃあ、隣に行ってタカシを呼んでくる」
スキップをしながら珠子は孝を呼びに行った。
「姫、タカシ君帰ってきてるのかしら」
操が呼びかけたが、玄関扉が開いて閉まる音だけが聞こえた。
珠子は柏の部屋のインターホンを鳴らし
「こーんにちわー」
と元気よく言った。
すぐに扉が開いて孝が顔を出した。
「タマコ、おいで。今、お母さんが作ったココアプリンを食べてたんだ。一緒に食べよう」
「タカシ、私もミサオの作ったココアプリンを食べてもらおうと思って迎えに来たの」
「そうか。じゃあおばあちゃんのプリンをごちそうになろうかな。お母さん、珠子のところへ行ってくる」
孝がキッチンの方へ向かって声をかけ、珠子と共に操の部屋へ移動した。
「タカシ君、いらっしゃい」
「こんにちは。おばあちゃん、ココアプリン食べに来たよ」
「食べて食べて。さあ、そこに座って」
操は孝に珠子の椅子の隣に座ってもらい、茶色のプリンを二つテーブルに置いた。
「いただきます」
孝が言うと
「二個目、いただきます」
珠子も言ってプリンを口に運んだ。
「美味しい。優しい味だ」
孝の感想に
「ここに来る前に食べていた月美さんのプリンとどっちが美味しい?」
珠子が聞いた。
「嫌だぁ。プリンを食べてたのね。月美さんのと比べないで!師匠の方が美味しいに決まってるじゃない」
操が情けない顔をする。
「いや、おれは、おばあちゃんのプリンの方が好きだな。ミルクが効いてて優しい味だよ。お母さんのは苦みばしって大人の味なんだ。お父さん好みの味だと思う」
このプリンならあと三個は食べられると孝は言った。
「本当に?嬉しい!」
操は素直に喜んだ。
「タカシに褒められてよかったね、ミサオ」
自分が作ったのではないけれど、操のプリンが喜ばれるのをとても嬉しく思う珠子だった。




