操の覚悟
珠子を幼稚園に送り届けた後、操は自分の部屋で二人の刑事と話をしていた。
一人は佐久間という女性刑事。三十代ぐらいでセミロングの髪を一つにまとめ、姿勢良く礼儀正しい感じの女性だ。
もう一人は菊池という男性刑事だ。上背のあるがっしりした体型の四十代後半に見える実直な雰囲気の男性で、スーツより柔道着が似合いそうだと操は思っている。
操が彼らと初めて会ったのは、アイドルの清瀬ソラが入院している病院だった。
二人の刑事は、清瀬ソラに対する傷害と殺人未遂、ソラが入院している病棟ナースの傷害未遂の現行犯、そして珠子へのストーカー行為で逮捕された新上哲夫についての関係者聴取で操のところを訪れたのだった。
「奥のソファーへどうぞ」
佐久間と菊池がソファーに並んで座ると、操はお茶を出し向かい側に腰を下ろした。
「珠子ちゃんは、保育園ですか」
佐久間が聞いた。
「はい。今の時間は幼稚園にいます」
「あの、珠子ちゃんなんですが、我々所轄のデータベースで彼女の名前がヒットしたんです。被害者として三件も記されていました。今回で四件目になる。珠子ちゃんは、まだ6歳ですよね。それなのにかなり危ない目に何度も遭っている」
菊池が、正直驚きましたよと言った。
「ええ。今回の事もそうですが、あの子はなぜか狙われてしまうと言いますか、目をつけられると言いますか……」
操が沈んだ声で話す。
「彼女が4歳の頃、駅前の交差点で後ろから押されそうになったんですか」
ノートパソコンを見ながら佐久間が聞いた。
「はい。その当時、このアパートの入居者さんがたまたま傍にいて、犯人が私たちの背中を押す寸前のところを取り押さえてくれたんです。その後も、ホームセンターであの子は連れ去られそうになったりで、本当に毎日不安でした」
操がその時のことを振り返った。
「しかし、主犯の女に対して被害届を出さなかったんですね。散々危険な目に遭ったのになぜだったのですか」
「その人は、珠子が生まれたその時に同じ産院で出産に臨んでいたお嫁さんとお孫さんを亡くされたんです。それで、無事に生まれてくれたあの子に対して恨みを抱いてしまったようです。あの子は…珠子は他の子より勘が鋭いと言いますか、会話力に長けてると言いますか、初詣に行った先でその人と偶然ですが話をすることになったんです。そしてその人の心の中にあった凝り固まっていたものを解きほぐしたようです。そして、その人はここに来て謝罪をしてから自首したんです」
操の話に、
「と言うことは、4歳の珠子ちゃんが犯人を説得したと…」
佐久間が驚きの声を上げ、操はそういうことになるんですかねと言った。
「それから、駅での切りつけ事件に巻き込まれて、この夏にも変質者にさらわれそうになって、そして今回も逆恨みで危険な目に遭うところだったわけで。神波さん、私にも珠子ちゃんと同じぐらいの娘がいるんですよ。だから他人事とは思えなくてね」
菊池がしみじみと言った。
「あの、新上はソラさんに怪我を負わせて警察の捜索から逃げていたんですよね。でも逃げながら、どうやって私たちに近づけたんでしょうか。『フラワ・ランド』での出来事の時は、こちらもそうですが新上も珠子のことをどこの誰なのか知らなかったと思うのですが」
操は、今回の事件で一番気になっていたことを尋ねた。
「本人の供述によると、ネットカフェを転々としながら、いろいろなサイトを見ていた時に、たまたま珠子ちゃんを見つけたと言っているんです」
と、佐久間が答える。
「どういうことですか?」
「珠子ちゃんはタウン情報のフリーペーパーの表紙モデルをやっていたことがありましたね」
「ええ。一昨年の秋から一年間務めました」
操が頷く。
「そのタウン情報のバックナンバーをネットで見つけたんだと思います。そこに掲載されていた情報から地域を特定したのでしょう」
「そうですか。それで、その…新上が起訴されて裁判で有罪になったとしても何年かして刑務所から出て来たら、それこそ珠子は逆恨みで被害を受けるのではないかと。私はそれがとても心配です」
操は顔を強張らせながら胸の内を語った。
「新上は今、精神鑑定を受けています。責任能力の有無というより、実はここだけの話にして欲しいのですが、実験的に新上の思い込みを解く事が出来ないかと、それによってストーカーや逆恨みという行為を止めさせられないかといった試みを行っています」
菊池が、どうか内密にと言った。
「そうですか。その試みが成功することに期待します」
取りあえず操はそう話した。
その後、今回の件では珠子は新上から後をつけられた以外に被害を受けていないので、操の撮影した画像を提出して聴取は終了した。
佐久間と菊池は
「場合によっては珠子ちゃん話を聞かせてもらうかも知れないので、その際はご協力お願いします」
と言って操のところを後にした。
操は二人を見送り、ため息を吐いた。
新上がこちら側に出て来て珠子に近づくようなことがあったら、やはり自分が直接対峙して手を打つしかないと覚悟した。




