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ハイツ一ツ谷のホッとな日常  作者: モリサキ日トミ


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茜色と藍色

「孝君こんにちは」


珠子に会うため、操のところにやって来た孝に永井葵が可愛らしい笑顔で挨拶した。


「こんにちは。あの、何をやっているの?」


ぺったりとくっ付いてソファーに座っている珠子と葵を見て、孝が聞いた。


「クリスマス会でやる劇の練習だよ。ここには私の台本しかないから、これを葵ちゃんと見ながら練習してたの」


と、珠子が答えた。


「そっか、凄くくっ付いて座ってるから、どうしたのかなって思ったんだ」


と穏やかに言う孝だが、本心ではもっと離れて座れよと思っていた。なぜなら、葵は男の子だからだ。珠子の彼氏である孝としては自分以外の男子とお互いの頬が付くぐらい接近してるのは、非常に面白くないのだ。

ただ、珠子は葵のことを同性の友達として接している。葵も同じだ。そして彼は孝に恋心を抱いている。おそらく叶わない思いではあるが。


「さっき、孝君のママが作ったクッキーを食べました。凄く美味しかったです」


葵は積極的に孝に話かけた。


「口に合ってよかった。お母さんに言っておくね」


と孝が言うと


「はい!」


葵が嬉しそうに返事をした。


「タカシ、月美さんのクッキー凄く美味しかったです」


珠子が葵を真似て言うと


「そうか」


孝はそう言いながら、まだ葵とぺたりと体をくっ付けて座っている珠子をじろりと睨んだ。

珠子には孝が自分を睨む理由がわからない。


「タカシ、なんか怒ってる?」


「別に」


二人のやり取りを見ていた操はクスッと笑う。


「ミサオ、なんで笑うの?」


珠子は腑に落ちない顔をする。


「姫、ちょっとおいで」


操が珠子を傍に呼ぶと、彼女に耳打ちをした。すると珠子は孝をチラッと見て優しい声でバカ、と言った。


「何だよ」


孝が不機嫌そうにこちらを見たので、珠子は声を出さずにスキと口を動かした。

孝が耳たぶを紅くしながら俯くと、珠子はニヤリと笑った。

その様子を見ていた操は、姫ったら末恐ろしいわねと笑った。




夕刻、周りが朱色に染まる中を操と珠子が葵を自宅に送り届けると、あっという間に空が紫色になり辺りは薄暗くなった。


「姫、コロッケ買って帰る?」


「うーん、今日はいいや。ミサオ、早くお家に帰ろう」


二人は刻々と周辺が暗く変化する中、寒くなってきたねと言いながら家路についた。

晩ごはんの支度をしながら、


「葵ちゃんは、相変わらずタカシ君のファンなのね」


操が言った。


「そうだね。葵ちゃん、可愛いからちょっと焦っちゃう」


珠子がぼそっと本音を言うと


「タカシ君にとっては葵ちゃんがどんなに可愛くても男の子だから、姫のライバルにはならないわよ。さあごはんにしましょう。テーブルを拭いてくれる」


操が台布巾を珠子に渡した。

今夜のメニューは、きのこの炊き込みご飯と肉じゃがと温野菜サラダと味噌汁だ。


「いただきます」


「きのこのご飯、美味しいね」


「うん。我ながら上手く出来たわ」


やがて二人は


「食べ過ぎたぁ」


と言いながら食器を片づけ、お風呂に入り、ベッドに並んで横になった。


「葵ちゃんを送って行った時のお空、綺麗だったね」


珠子は、赤から紫になって深い青に変化していった空を思い出していた。


「茜と藍は、今日みたいな空の色が刻々と変わっていく夕刻に生まれたのよ」


操の話に


「それじゃ茜ちゃんはちょうどお空が茜色に染まった頃に生まれたの?」


珠子が体をこちらに向けた。


「そうなの。もちろん分娩室には窓なんて無いんだけど、私には夕焼け空が感じられたのよ」


「その後、藍ちゃんが生まれたのは夕焼けから夜の空に変わった頃だったんだ」


「ええ。茜が生まれて少し時が過ぎて、藍が生まれた時に空が藍色になったのを感じたの」


「なんかドラマチックだね。お空の色の変化を感じるなんて」


「もちろん痛くて苦しくて、とてもしんどかったんだけどね」


操は部屋の灯りを落として薄暗くなった空間の中で、二十六年前の茜と藍の小さな小さな姿を思い出していた。

珠子は今日見た夕刻のあっという間の色の変化を心に浮かべて(まぶた)を閉じた。

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