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ハイツ一ツ谷のホッとな日常  作者: モリサキ日トミ


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他愛もない会話

清瀬ソラが入院している病院から帰ってきた珠子と操は、その夜、二人でゆっくり浴槽に浸かっていた。

珠子の後を付け狙った犯人が逮捕されたので、気持ちが少し楽になったのか、二人でアンパンマンマーチなどを歌ってリラックスしていた。


「ふうー。気持ちいいね」


珠子は上気した顔で操を見た。やはり子どもなりにも、今まで気を張っていたのだ。


「姫、そろそろあがろうか。指先がふやけてきたわ」


操の言葉で二人は立ち上がり浴室から出た。

バスタオルで体をよく拭いてパジャマを着るとキッチンに行き、冷たい麦茶をゴクゴク飲んだ。


「あー美味しいね」


珠子は空になったプラスチックのカップをシンクに置いて、洗面所に行きドライヤーを持ってきて操に渡した。


「ミサオ、お願い」


「はいはい」


二人はソファーに座って、操がドライヤーの風を珠子の柔らかな髪に当てた。ある程度乾いたところで


「ありがとう。交代するよ」


珠子がドライヤーを受け取り立ち上がると、操の後に回って彼女のショートヘアを乾かした。


「姫、今夜は早めに休もうか」


この数日間、ずっと気を張り詰めていた操は体が怠いのか、ベッドで横になりたくなった。


「うん。私も眠くなった」


戸締まりと火の確認をして、操と珠子はベッドに入り深い眠りについた。




翌朝、すっきり目覚めた操はいつもの日課である各入居者の玄関前の通路を掃除してゴミをまとめるとゴミ収集場所に置いて掃除道具を片づけた。

コツンコツンとリズミカルに階段を下りる音がして、操が振り返ると208号室の魚住順一が会釈をした。


「大家さん、おはようございます」


「おはようございます。魚住さん、先日は不審者の報告をありがとうございました。おかげさまで、昨日その男が逮捕されました」


操が丁寧にお礼を言った。


「大家さんのところの前をうろついていた奴は逮捕されるほど危ない人物だったんですか!」


魚住は、逮捕と聞いて驚いた顔をした。


「ええ。でも、その人物は私たちではなくて別な人を傷つけて警察が追っている男だったんです」


と、話す操に


「とにかく大家さんたちが無事で何よりです。それじゃ、いってきます」


魚住が笑顔を見せて出かけて行った。


「いってらっしゃい」


操も笑顔で見送った。

部屋に戻ると、服に着替えた珠子が欠伸をしながら


「ミサオ、おはよおーふあー」


と口を開いたら、また欠伸になってしまった。


「姫、よく眠れた?」


「うん。とっても。顔を洗ってくる」


珠子は洗面所に行き、戻ってくると


「孝にいってらっしゃいを言ってくる」


と外に出ようとした。


「姫、上着を着て」


操が慌てて珠子にフリースを羽織らせた。

玄関の外で孝を待っていると、柏の部屋の玄関扉が開いた。


「タカシ、おはよう」


珠子は洗面所の鏡の前で確認した首の傾げ方で笑顔を見せた。この傾きが可愛らしく見せる角度らしい。あざといと言われている若い女性タレントがテレビでレクチャーしていたのだ。

だが、


「おはよう。タマコどうした?首が痛いのか?」


と、孝が心配した。彼には、この仕草は通用しないようだ。


「痛くないよ。私、可愛く見えなかった?」


珠子がほっぺたを膨らませた。


「痛くないんならいいや。おまえは、普通にしてても可愛いよ。じゃあ、いってきます」


孝は手を振り、珠子もいつもの笑顔で


「いってらっしゃい」


と、手を振り返した。


「さて、私も幼稚園に行かなくっちゃ」


珠子は、操が朝食の用意をしているであろう101号室に戻った。




「珠子ちゃん、おはよう。昨日は会えなくて寂しかった」


ばら組の教室で、永井葵が腕を組んできた。


「葵ちゃん、おはよう。昨日はちょっと用事があって、こっちに来られなかったの」


「お風邪じゃないの?」


「うん。違う。私は超元気だよ。またブロックで何か作ろう」


「うん!」


いつものようにブロックで珠子は食べ物を葵は乗り物や建物を作った。


「葵ちゃん」


「なあに」


「クリスマス会でやる劇の自分の台詞、練習してる?」


「珠子ちゃんは?」


「台本をもらった時はミサオに付き合ってもらって練習したけど、今はやってない」


「私も。十二月になったら練習する」


「私もそうしよう」


友達との他愛もない会話は楽しいなと思った珠子だった。


「孝君は元気?」


突然、葵が聞いた。


「えっ、タカシ?元気だよ」


珠子が答えると


「孝君に会いたいな」


葵が小さな声で言った。

彼のその言葉に珠子が思わず


「幼稚園が終わったらウチに来る?」


と誘った。


「いいの?」


「私は全然いいよ。ただタカシが遊びに来るかはわからないけど」


「ママが迎えに来たら珠子ちゃん家に行っていいか聞いてみる」


と、葵は嬉しそうに言った。

幼稚園が終わると珠子と葵は手を繋いで珠子の住まいへと歩いた。その後から操と葵の母のレイラがついて行く。


「神波さん、葵がわがままを言ってすみません。ご迷惑じゃないですか」


レイラが申し訳なさそうに言う。


「いえいえ、ウチはちっともかまいませんよ。いつでも歓迎します」


操は頷きながら笑顔を見せた。

アパートに着くと、


「葵ちゃんは私が送り届けますから」


「お世話になります」


レイラは葵の帽子とバッグを持って帰っていった。

操の部屋に入ると


「手を洗ったらおやつにしましょうね」


と言う操に


「今日のおやつは、なあに」


珠子が聞いた。


「月美さんが焼いたクッキーよ」


操の返事に


「月美さんて誰ですか?」


今度は葵が聞いた。


「タカシのママだよ」


珠子が答えると


「孝君のママが作ったクッキーを食べられるのね。嬉しいな」


葵はやったーっとバンザイした。


「月美さんが作るお菓子やごはんはすっごく美味しいんだよ」


珠子が得意気に言った。


「珠子ちゃんは孝君のママが作ったお料理をよく食べるの?」


「うん。ミサオと一緒にごちそうになるよ」


「いいなぁ。羨ましい」


「えへへ」


珠子と葵はクッキーを味わいながら『人魚姫』の台本を開いて、それぞれの役の台詞を練習した。

そこへ


「タマコ、いるか」


と言いながら孝がやって来た。

珠子と葵がソファーで体を寄せ合って一冊の劇の台本を見ていることに


「二人ともくっ付きすぎだぞ」


と、孝は珠子にヤキモチをやいた。

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