表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ハイツ一ツ谷のホッとな日常  作者: モリサキ日トミ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

272/295

大事な珠子

新上は、菊池刑事からの要請でやって来た刑事たちに引き渡され警察署へ連行された。

操をはじめ一行は清瀬ソラの病室へ移動し、マネージャーの加藤がベッドに横たわっているソラに新上の逮捕を伝えた。

ソラは無表情に


「そう。でも、いつか出てくるんでしょう」


ぼそっと言った。

確かに禁固刑になっても、やがてはこちら側に戻ってきてしまう。


「ソラ、まず怪我を治して元気になろう」


加藤はそう励ますしかなかった。

ソラは虚ろな目でベッドの近くに立っている人たちを見た。その中の少女と目が合い


「あら、あなたは」


点滴のチューブに繋がっていない方の手を伸ばした。


「こんにちは」


珠子がベッドのすぐ傍に行き、ソラの伸ばした手をそっと握った。


「あなたは…あなたが飲み物を頼んでいるのに私が割り込んでしまった…ごめんね」


ソラは『フラワ・ランド』のジューススタンドでの出来事を謝った。

その時の彼女は珠子のおかげで無事だったが、後日警察から釈放された新上に殺されかけたのだった。


「ソラさん、元気になってください」


珠子はそう言って、ソラの手をしっかり握った。するとソラの無表情な顔に笑みが浮かび、やがて穏やかな寝息を立て始めた。




署に戻る車の中で、佐久間が菊池に新上哲夫の逮捕劇について聞いていた。


「あの珠子という女の子、どう考えていいのかわからないんだが、一言で表すとしたら──不思議な子、だ」


と、菊池がハンドルを握りながら言った。


菊池たち六人が病棟の待合室からソラの病室に向かって歩いていた時のことだ。もうすぐ病室というところで、菊池は上着の袖口を引っ張られた。見ると神波珠子が引っ張っていた。彼女は彼にだけ聞こえるような小さな声でトイレに行きたい、と言ったのだった。それなら女性刑事の佐久間に頼もうと言おうとしたが、彼女はお願いと言って結構な力で菊池は引っ張られて行った。

だが菊池が連れて行かれたのはトイレではなく、こちらに背を向けた状態の新上がナースに向かってナイフを振りかざしているところだったのだ。彼は素早く後から新上の手首を掴み逮捕に至った。

神波珠子は新上が病棟にいることを知っていたのか?そんなはずはない。新上が一方的に珠子を恨んでいたのだから彼女が奴の行動を把握出来る訳がない。

ただ、遊園地でソラに襲いかかった新上の動きを止めたのも彼女だったと言う。


「とにかく、神波珠子という少女は、何か不思議な子どもだとしか言いようがないな」


と、菊池が呟いた。



操と月美と珠子は、新上という男が捕まった事で病院からの帰り道は比較的気持ちが軽くなり、珠子のリクエストでたい焼きを買ってアパートへ戻った。

操の部屋の玄関前では孝が三人の帰りをやきもきしながら待っていた。

たい焼きの袋を抱えて敷地内に入ってきた珠子に孝は走り寄り、勢い余って彼女をギュッと抱きしめた。


「タカシ、たい焼きが潰れちゃうよ」


珠子が恥ずかしそうに言った。


「ごめん。タマコが無事に戻って来たのが嬉しくてさ」


「そっか。心配してくれてありがとう」


珠子が笑顔を見せた。


「タカシ君、ありがとう。心配をかけちゃったわね。姫をつけ狙った犯人は逮捕されたわ。さ、部屋でたい焼きをいただきましょう」


操は玄関扉の鍵を開けて、みんなを中へ誘った。

奥のソファーに座り、操が温かいお茶を淹れると、みんなでたい焼きにかぶりついた。


「あの男は今日もタマコをつけてたってことなの?」


孝が珠子の口の端についていたあんこを人さし指で拭い取りながら聞いた。


「病院で逮捕されたから、やっぱり後をつけられたのね」


操がこれで手を拭いてとティッシュを渡しながら答えたが、孝はいらないと首を横に振りながら指のあんこをペロリと舐めた。


「だけどさ、ソラさんに怪我をさせて警察から逃げながら、タマコを逆恨みしてつけ回すってどんな神経をしてるんだろう、あのオタク野郎」


孝は大事な珠子が狙われたことに腹を立てていた。


「あの男の人は、一つの事で頭がいっぱいなの。ソラさんしか頭にないの。それもソラさん本人じゃなくて、ソラさんを思う自分の気持ちで頭がいっぱいだった」


珠子は、菊池刑事に逮捕された時に感じ取った新上の気持ちを話した。


「そんな自分勝手な奴、普通に街に出しちゃダメだ」


孝が唸る。


「さっき孝が言ったけど、新上はどうやって珠子ちゃんの生活圏を知ったんですかね。警察の目をぬって探し回ったんですよね」


月美は、とても怖いですと言った。


「事情聴取で、あの男の行動が明らかになるとは思うけど。ねえ姫、あなたが『フラワ・ランド』でソラさんを助けたのは良いことよ。でもそのために危険な目に遭うのは、私としてはとても辛いわ。あなたの正義感は素晴らしいし尊いけど、時には目をつぶってスルーして欲しいかな。私は姫が一番大事なの」


と操が言うと


「おれもだ」


と孝も大きな声で言った。


「うん。わかった」


珠子は小さな声で返事を返した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ