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ハイツ一ツ谷のホッとな日常  作者: モリサキ日トミ


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忍び寄る

翌朝、孝は珠子の見送りなく学校へ向かった。

とは言え、彼は珠子とちゃんと朝の挨拶を交わしていた。

孝が身支度を整えていると、南の庭からリビングの窓を叩く音がした。そこに行くと


「タカシ、おはよう」


珠子が笑顔を見せていた。

彼も笑顔を返し掃きだし窓を開けて、珠子を部屋に入れた。

建物の南側に広がる芝生の庭は、ここの入居者しか出入りできないようになっているので珠子はこちら側から孝に会いに来たのだ。

キッチンから月美も顔を出し


「珠子ちゃん、おはよう」


と言うと、珠子も


「月美さん、おはようございます。今日はよろしくお願いします」


しっかり挨拶をした。


「お母さん、タマコを頼むね」


孝は真面目な顔で月美を見た。


「わかってる。気をつけていってらっしゃい」


「タカシ、いってらっしゃい」


月美と珠子に部屋の中で見送られて


「いってきます」


孝は出かけて行った。


「さて、時間になったら私も珠子ちゃんみたいに、庭の方からそちらに伺うわね。お義母さんに伝えてくれるかしら」


月美が言うと、珠子は頷いて来た時と同じように庭から操の部屋へ帰っていった。




午前十時を過ぎた頃、操の部屋の玄関前にタクシーが横付けされた。

そして、操・珠子・月美が乗り込むとタクシーは走り出した。

操たちが住む街から少し離れたところにある総合病院に到着すると三人は急ぎ足で建物の中に入って行った。

広いロビーの指定された場所にスーツ姿の男性が座っていたので、そちらへ向かった。


「あの。私、昨日お電話をさせていただきました神波と申します」


操がスーツ姿に声をかけた。すると彼は立ち上がり


「初めまして。清瀬(きよせ)ソラのマネージャーをしています加藤龍一です」


名刺を差し出しお辞儀をした。


「頂戴します」


と言って、操は名刺を受け取った。

加藤は珠子を見ると


「先日はソラを助けてくれて、ありがとうございました」


丁寧にお辞儀をした。

珠子はなんと言っていいかわからなかったので、神波珠子ですと言いながらちょこんと頭を下げた。

月美も、彼女の叔母ですと加藤に向かって挨拶をして自己紹介を終えると、


「ここでは込み入った話も出来ませんので場所を変えましょう」


と、加藤が病院に併設されたティールームに三人を案内した。

席に着き注文した飲み物がそれぞれの前に置かれると、


「ソラさんのお加減はいかがですか」


と操が口を開いた。


「意識は戻りましたが、精神的に参ってしまったようで」


加藤はため息を吐いた。


「早速なのですがソラさんを襲ったのはこの男でしょうか」


操は幼稚園からの帰り道に後をつけてきたところを隙を突いて撮った男の画像を加藤に見せた。


「はい。この男だと思います。名前を新上哲夫(しんじょうてつお)といいます。この男は、神波さんのお宅の辺りをうろついているのですか」


加藤は冷静に聞くと


「ええ、この子を恨んでいるのだと思います」


操が珠子を見ながら答えた。


「あの」


月美が思わず声を出した。


「あの、警察は動いているんですよね」


「はい。殺人未遂事件ですから」


と言って加藤は腕時計を見ると


「三十分後に刑事がここに来ることになっているので、お宅の近くに出没してることを話してください。お願いします」


操たちが情報協力をしてくれるよう頼んだ。


「もちろんです。私たちが知ってることは何でもお話します」


「よろしくお願いします。それで…」


「加藤さん、私、ソラさんに会ってもいいですか?」


大人たちが話しているところに、珠子が割り込むように聞いた。


「多分大丈夫だと思いますが、ドクターに確認します」


と、加藤が返事をした。




その頃、新上は清瀬ソラが入院している病院の入り口ロビーに入り込んでいた。

操たちがタクシーで出かけた後、ベタな刑事ドラマのように運良く通りかかったタクシーを捕まえ尾行をしたのだ。

この建物のどこかに、ソラと名前は知らないがソラと自分との仲を引き裂いた生意気な少女がいるのだ。

新上の目的は二人の間を邪魔した少女を亡き者にすることと、ソラを自分だけのものにすることだ。彼は殺傷能力高いナイフを上着の隠しポケットに潜ませて、その柄を軽く握りそれの存在を確認した。

彼はこれから、目的は違うが行動的には同じことをしようとしていた。つまり、ソラにも少女にもナイフの鋭い刃を突き立てようとしているのだ。


「ソラ、待ててくれ。これから迎えに行くよ」


新上はロビーをゆっくり歩いた。

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