後をつけられる
月曜日の朝、孝がランドセルを背負って外に出てきた。
「タカシ、おはよう」
珠子の元気な声に、彼が顔を向けると
「ん?お、おはよう」
と言って
「お、おばあちゃん、おはよう」
改めて操の顔を見た。
「タカシ君、おはよう。二人きりの時間を邪魔してごめんね」
操が珠子の後に立って謝った。
「どうしたの?」
孝は珠子の目の前に行くと訪ねた。
「あのね、昨日ミサオの部屋の前で知らない人がうろうろしてたんだって。魚住さんが知らせに来てくれたの。それで、多分私を狙ってるんじゃないかってミサオが心配して、傍にいてくれてるの」
と珠子が説明をした。
「何者だ、そいつ」
孝が声を荒げた。
「なんかオタクっぽい人がね、望遠レンズがついたカメラを持ってうろついてたらしいの」
操の話に
「それって…」
孝が何か言いかけたが、少し考えて黙り込んだ。
「どうしたの?何か気になることでもある?」
操が聞いてきたが、孝は首を横に振って
「いや、何でもない。おばあちゃんタマコを守ってください。それじゃ、いってきます」
孝は珠子の頭を撫でて、学校へ出掛けた。
珠子はしばらくの間手を振り続けた。
「さ、姫、部屋に戻りましょう」
操に背中を支えられながら珠子は101号室に入っていく。
アパートの敷地を囲っているフェンスの陰から望遠レンズ越しにファインダーを見ている男がチッと舌打ちをした。
操は珠子の手をしっかり握り幼稚園に送り届け
「中山先生、おはようございます」
と挨拶をすると、ばら組の担任の中山ヒロミに昨日の出来事を話し、できるだけ珠子の周りに目を配って欲しいとお願いした。
「承知しました。園の敷地内は送り迎え時間以外は門に鍵がかかるので、連絡をいただかない限り誰も入ることは出来ないんですけど、念には念を入れて気をつけますね」
「ご面倒をおかけします。よろしくお願いします。姫、あなたも周りに気をつけて」
「うん、わかった」
珠子は操に手を振り、操は中山先生にお辞儀をしてから珠子と一瞬見つめ合って幼稚園を後にした。正門を出てすぐにその周辺を見渡し、神経を研ぎ澄ます。ふと何かを感じ、そこへ向かった。足音が聞こえ男が走り去る後ろ姿が見えた。
「やっぱり、つけられてた」
はっきりとした目的はわからないが、やはり珠子は狙われている。そう確信した操は、深いため息を吐いた。
幼稚園が終わる時間になり、操は珠子を迎えに行った。怪しい人物を見つけたらすぐに写真を撮ろうと、普段はバッグにしまっているスマホを首からぶら下げた。
珠子と手を繋ぎ周りを気にしながら帰った。やはり嫌な感じの気配がする。
「姫、あと五歩進んだら立ち止まって前を見ていて」
操は珠子に小声で言うと、ぶら下げたスマホを手にした。
「いち、に、さん、よん、ご!」
二人は立ち止まり、操だけ振り向くと二人の後をつけてきた男の姿を連写した。
突然の操の行動に男は慌てて逃げていった。
「私たちの後をつけてた人、撮れたの?」
珠子が聞くと、操は頷いた。
アパートに戻って、操は先ほど撮った画像を珠子に見せた。
「姫、この人を見たことある?」
珠子が覗き込み画面に現れた男の姿を見て
「うーん、会ったことがあるような、ないような。ミサオ、今日のおやつはなあに」
甘いものが食べたいなぁと言った。
「はいはい」
操は苦笑いを浮かべながら、お手製のカスタードプリンを珠子の前に置いた。
「おーっ、プリンだ!いただきます」
珠子はスプーンを持ってプリンを掬った。
「うーん、美味しい。ミサオ、美味しいよ」
珠子の幸せそうな顔を見て、このところピリピリしていた操の気持ちが少し和らいだ。
「そう。喜んでもらえてよかった」
パクパクとプリンを口に運ぶ珠子を見つめていると、
「おばあちゃん、こんにちは」
インターホンから孝の声がした。
「はーい。すぐ開けるわね」
操がロックを解除し玄関扉を開けて、孝を招き入れた。
「いらっしゃい。おかえりなさい」
「ただいま。タマコはどうしてる?」
「プリンを美味しそうに味わっているわ」
「のんきだな」
孝は苦笑いを浮かべた。
「タカシ、いらっしゃい」
プリンを食べ終えた珠子が玄関に走ってきた。
そして孝の手を取るとキッチンに引っ張って行きながら、
「ミサオ、タカシのプリンもあるよね」
聞くと、あるわよと操が言った。
「タカシ、座って」
珠子がダイニングテーブルの珠子の椅子の隣に孝を座らせて、冷蔵庫からプリンを二つ持ってきた。
「タカシ、ミサオが作ったんだよ。一緒に食べよう」
珠子も孝の隣に座り、先ほど使っていたスプーンを持った。
「タマコ、おれが来る前にプリンを食べてたんだろう。また食べるのか?」
「タカシと一緒に食べたいんだもん」
珠子がこちらを見つめてそう言うと、
「そうか」
孝は何も言えなくなってしまう。
そんな二人のやり取りを見て操がクスクス笑った。平和なひとときだ。
「おばあちゃん、プリンとっても美味しいよ」
孝はペロリと平らげた。
「そう言ってもらえて嬉しいわ」
「それでさ、おばあちゃん」
「ん?」
「朝の話なんだけど」
孝が真面目な態度で言った。
「不審者のことね。タカシ君、何か心当たりがあるの?」
「もしかしたらって思ったんだ」
「ちょっとこれを見てくれる」
操は、幼稚園からの帰り道に操たちの後をつけてきた男の画像を孝に見せた。
それを見た孝は声を上げた。
「やっぱり、あいつだ」




