紅葉狩りから帰って
公園のベンチで赤や黄色に色づいた木々を眺めながら、お弁当を食べ終えた珠子と操は水筒から注いだ温かいお茶のカップを包み込むように持ち
「気持ちいいね」
と言い合った。
午後になると北寄りの風が吹き始めた。
「姫、ちょっと寒くなってきたわね」
操が言って間もなく、
ハックション
珠子がくしゃみをした。
「風邪をひいたら大変。そろそろ帰ろうか」
「ええっ、もう少しだけ綺麗な葉っぱを見ていたいなぁ」
珠子は顔を上げて操を見た。
「じゃあ、こうしようか」
操はバッグから膝掛けを出すと、自分のコートの片側を広げて
「姫、この中に収まるように私にぴたっとくっ付いて座って」
言われた通りに座った珠子をコートで包み込むようにして、隙間が無いくらいくっ付いて並んだ二人の脚に膝掛けをきちんとかけた。
「こんなにぴたっとくっ付いていると押しくらまんじゅうしてるみたい。あはっ、あったかいね」
珠子が操の体に寄りかかりながら言った。
しばらくの間、二人はは紅葉の木々を眺めて
「太陽が西に傾いてきたから、姫、もう帰ろうよ」
操の言葉に
「わかった」
と、珠子も頷いた。
膝掛けをバッグにしまい、二人は手を繋いで公園を後にした。
「ミサオ、お肉屋さんでコロッケ買ってく?」
「うん、いいわよ」
商店街の通路を歩いていると、操が急に立ち止まった。
「どうしたの?」
珠子の問いに答えず、すぐに振り向いた。特に怪しい人影は見えない。
「どうしたの?」
珠子がもう一度聞いた。
「うーん。なんか後をつけられている気がしたんだけど」
操は後を向いたまま言った。
「姫、今日はコロッケを諦めてもらっていい?なんか嫌な感じがするの。姫は何か感じないかしら」
「うん、今のところ。でももし後をつけている人が凄く遠いところにいたら感じないかも。なんだか心配だから寄り道しないで帰ろう、ミサオ」
「そうしましょう」
操は珠子の手をしっかり握った。
何事もなく二人は無事にアパートへ戻った。
部屋に入り、珠子が手洗いうがいをしてキッチンへ行くと
「姫、熱いお茶飲む?」
操が急須にお湯を注いでいた。
「うん。飲みたい!」
珠子はそう言って、上着と帽子を片づけに寝室に行き戻ってくるとダイニングテーブルの珠子専用の椅子に座った。
「結構熱いからゆっくり飲んでね」
操が湯気の上がるマグカップを珠子の前に置いた。
操も椅子に座り湯呑みを持ち上げた時、インターホンが鳴った。
「はーい」
操が返事をする。
「こんにちは。魚住です」
「こんにちは。すぐ開けるから待ってください」
玄関扉を開けると、208号室の魚住順一が立っていた。
「突然すみません。今さっきなんですけど、なんか変な男が大家さんの部屋の前をうろついていたから、耳に入れておいた方がいいかなと思って」
「まあ、どんな感じの人だったのかしら。もしよければ、あがりませんか」
操が部屋の奥へと促した。
「いや、ここで大丈夫です。なんかオタクっぽい感じの男で、首から望遠レンズがついたカメラを持っていたので。俺が声をかけたら、慌てて敷地の外へ逃げるように行っちゃいましたよ。おそらく、いや、絶対ここの入居者じゃないですよ」
と、柏より背が高く強面の彼が心配して報告してくれたのだ。
「珠子ちゃん可愛いから、あんなのがつきまとったら危ないなと思ったので」
「あっ、魚住さん、こんにちは」
彼の話し声を聞いて、珠子が玄関に走ってきた。
「こんにちは、珠子ちゃん。今ね、ここの部屋の前をうろつく男がいたから、気をつけた方がいいよって伝えに来たんだ」
魚住は珠子と仲がいいのだ。
「珠子ちゃん、毎朝カレシを見送ってるだろう。その時も気をつけな」
背の高い魚住がしゃがんで珠子と目線を合わせるようにして言った。
「わかった。気をつけるね。心配してくれてありがとう」
珠子がお礼を言い、ぺこりとお辞儀をした。
「何かおかしな事があったら大声で人を呼ぶんだぞ」
魚住は立ち上がり、珠子の頭を軽く撫でると
「お邪魔しました」
と、玄関を出て行った。
「魚住さん、ありがとうございます」
操は丁寧に頭を下げた。
扉の鍵をかけ、操は珠子の肩を抱いてキッチンに戻った。
「やっぱり後をつけられてたのね」
操は考え込んだ。狙われているのは珠子に違いない。だが、なぜ彼女が狙われなければならないのか。相手の心の中を感じ取るには、しっかり対峙する必要がある。
「姫」
「なあに」
「姫、しばらくの間、一人で外に出ないで欲しいんだけど」
「えっ、タカシにいってらっしゃいを言うのはいいよね?」
「タカシ君とわかれた後、一人になっちゃうから…、私が傍にいてもいいかしら」
「タカシと二人だけで、いってらっしゃいをしてはダメなの」
「ええ、少なくとも部屋の前をうろついていた人物が何者なのかはっきりするまで。姫、お願い」
操の真剣な様子に
「うん。わかった」
と返事をした。
それにしても、私は追いかけられるような事を何かしただろうか、珠子は考え込んだ。夏にプールで変質者に追いかけられた時のように、一方的に自分に感心を持ったのだろうか。
珠子は小さくため息を吐き、その後ろ姿を見ていた操は両手をぎゅっと握りしめた。




