バナナ蒸しパン
「カシワ、ちょっとタカシを借りてくな」
柊が柏に断りを入れて、孝を連れて隣に行こうとした。
「柊さん、ちょっと待って」
キッチンから月美が声をかけた。
「千春ちゃんはアレルギーって何かあるかしら?」
「いや、特にないよ」
柊が答えると
「それじゃ、これよかったら千春ちゃんに。もちろん皆さんも召し上がってください」
と、小さなサイズにカットされた蒸しパンがいくつも入った器を手渡した。
「バナナ蒸しパンです。油や砂糖を控えてあるので大人には物足りないかもしれないけど。もちろんハチミツも入ってません」
月美の説明に
「ありがとう。千春は食いしん坊だから喜ぶわ」
柊は笑顔を向けた。
「食いしん坊なんて、千春ちゃんはタマコと同じだね」
孝は、食べることに夢中になって食べこぼして服を汚していることに気づかない珠子の姿を思い出してクスッと笑った。
「何をニヤけてるんだ」
柊に言われて、孝は
「別に。器、おれが持つよ」
と、慌てて蒸しパンの器を奪うように取って抱えた。
操の部屋に入って奥に行った柊と孝は、ソファーに座り千春を見事な態勢で抱きかかえていた珠子が目に入った。
「タマコ、抱き方が完璧だ」
柊が褒めると
「ミユキちゃんに教えてもらったんだ」
珠子が得意気に言った。
「千春ったら、すっかりリラックスしちゃって、お父さんが抱っこを代わろうとしたら大泣きしたのよ」
美雪の言葉に守之は悲しそうに頷いた。
「タマコ、手が疲れないか?」
柊が聞いた。
「実はちょっと腕がプルプルしてきた」
と言う珠子の腕から、ひょいっと柊が千春を抱き上げた。
「珠子ちゃんお疲れさま。千春が機嫌よくしていたから、ついお任せしちゃった」
と、美雪がお礼を言った。
珠子は軽く両腕を揺すりながら美雪に笑顔を見せて
「凄くいい経験ができました」
と言いながら、目線を孝と孝の手に抱えられた器に移し、
「タカシ、いらっしゃい。それなあに?」
と、聞いた。
孝はそれに答える前に
「おばあちゃんお邪魔します。石井のおじさん、美雪さん、こんにちは。石井のおじさん、お土産ありがとうございます。これお母さんからで、バナナ蒸しパンだそうです。千春ちゃんに合わせて作ったから、大人が食べると物足りないかもって言ったけど皆さんでどうぞ」
みんなに向かって一気に話し終えると、顔を珠子に向けて
「バナナ蒸しパンだよ」
と、もう一度言った。
そして、器から一つ取り珠子に手渡すと、千春ちゃんどうぞとその器をテーブルに置いて彼女の傍へ押した。
「ありがとう。味見するね」
珠子は孝に言ってから小さな蒸しパンを半分に割って頬張った。
「ん、美味しい。甘さ控えめだ。ヒイラギ君、これ美味しいよ、千春ちゃんきっと好きだよ。石井のおじさんもミユキちゃんもミサオも食べてください」
と言いながら、孝の手を引っ張っり珠子の隣に座らせると、手にしていた蒸しパンの残り半分を彼の口に入れた。
「うん。美味しい。お母さん上手いこと作ったな」
孝は珠子と顔を見合わせて頷き合った。
「それじゃ千春、いただこうか」
柊が小さな蒸しパンをちぎって千春の口に入れた。
「うん、んまんま」
彼女はゆっくり味わい、そして口の中のパンがなくなると、また入れてと大きく口を開けた。
「千春、美味いか」
柊が蒸しパンをちぎり食べさせ、自分も手に残ったのを味見した。
「お、いけるね。みんな食べなよ。美味しいよ」
柊の言葉に大人たちもバナナ蒸しパンを手に取り味わった。
「本当だ。しっとりしていて美味しい!月美さんにレシピを教えてもらおう」
美雪は帰る前に隣を訪ねようと思った。
柊一家が帰って孝も隣に戻り、部屋には操と珠子のいつもの二人だけになった。
片づけを終わらせてソファーに座ると
「今日の姫は、すっかりお母さんみたいだったわよ」
お疲れさまと言いながら、操は珠子の腕を軽く揉んであげた。
「千春ちゃん、可愛かったな」
千春がここを出る時に珠子と別れるのが嫌で大泣きしていたのを思い出して、珠子は笑みを浮かべた。
「あっ、思い出した!」
と珠子が言い、操が彼女を見た。
「どうしたの」
「前に、なんだか楽しい夢を見たって言ったでしょう」
「ああ、姫が寝ながら笑っていた時のことね」
「そう。その時の夢って正夢だったみたい。思い出したの。見慣れた景色だったなあって思っていたんだけど、それって私がここで赤ちゃんを抱っこしてる夢だったんだ!」




