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ハイツ一ツ谷のホッとな日常  作者: モリサキ日トミ


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珠子、お母さん気分を味わう

「お義母さん、お手伝いします」


キッチンに立つ操に美雪が声をかけた。


「大したことをしてないから大丈夫よ。っていうか、お昼はデリバリーを頼んだから私ももう向こうに行くわ。さ、ソファーのところに行きましょう」


操は体の向きを変えると美雪の背中にそっと手を当てて一緒にリビングへ戻った。


守之の隣に柊が座り、二人は顔を同じ方向に向けていた。その先には、歩行器に乗った千春と彼女の目の前に(ひざまず)いて目線を合わせた珠子がいた。千春のよだれたっぷりのチュー攻撃にどうしていいかわからず、そのまま動けずにいる珠子に


「さすがの姫も千春ちゃんには(かな)わないわね」


操が口を大きく開けて笑った。


「確かに千春には、俺もタマコと同じでさ、いつも手も足も出せなくてあの子にされるがままだ。可愛いから仕方ないけどな。まあ、タマコ頑張れ」


柊は笑いながら言った。

珠子は顔を動かさずに目線で操に助けを求めたが、結局、千春の気が済むまでそのままで耐えるしかなさそうだった。柊の言う通り、可愛いから仕方がないかと、千春よりお姉さんの珠子は彼女のチュー攻撃を受け続けることにした。

そして、やっと千春の大好き表現から解放されると


「顔を洗ってくる」


珠子は袖をまくり上げながら洗面所へ消えた。

美雪が濡れタオルで千春の口の周りを拭き取り哺乳瓶を渡すと、一仕事終えた後のビールのように、彼女はミルクをごくごくと喉を鳴らして飲み干し、ふうーっと満足気に深く息を吐いた。

そして、コクンコクンと頭が前に傾き始めたので柊が歩行器から千春を抱き上げ腕の中で眠らせた。美雪が小さな毛布を渡すと、彼は器用に千春を包んだ。


「ああー、よだれのベタベタってなかなか取れないね」


時間をかけて顔を洗っていた珠子が戻ってきた。


「あれ、千春ちゃん寝ちゃったの?」


「タマコにいっぱいチューをしたから疲れたんだろう」


柊が腕の中で寝息を立てている我が子を見つめながら、タマコもお疲れと言って笑った。


「大丈夫。元太と違って千春ちゃんは愛情表現が優しいもん」


珠子が千春の寝顔を覗き込む。


「元太は暴れん坊なのか?」


柊が聞く。


「うーん、かなり。なんかね、嬉しさをパワーで表現してる感じかな。ミサオは顔がアザになったものね」


と、珠子が操に話を振る。

美雪の隣で座っている操は、


「あの子は力が半端なくてね、ほっぺたを軽く摘まんでいるつもりなんだろうけど、こっちからすると引き千切ろうとしてるんじゃないかと思うくらいなの。タッチもビンタに近いパワーだしね」


苦笑いを浮かべた。

そこにデリバリーが注文していたものを届けに来た。

操と美雪が立ち上がり玄関へ行った。


「姫、テーブルの湯呑みを片づけてくれる」


「はーい」


操に頼まれて珠子がローテーブルの上を片づけると、届いた料理を並べていった。

味にうるさいであろう守之のためにちょっと奮発をして、この辺りでは一番美味しいと評判の握り寿司の大皿と柊のリクエストで天ぷらの盛り合わせが所狭しと並んだ。

操が、赤だしの味噌汁と漬物を各々の前に置いて


「ヒイラギ、千春ちゃんをここに寝かせてあげて」


珠子がよいしょと運んで来た、やはり少し前まで元太が使っていた揺りかごを指さした。

柊がそこに千春をそっと寝かせて、ソファーに腰掛けると


「あーお腹空いた。いただきます」


割り箸を手に味噌汁を啜った。


「石井さんもミユキちゃんも召し上がって」


「いただきます」


みんなで寿司や天ぷらを味わった。

テーブルに並んだ大皿があらかた空になると操と珠子が片づけた。美雪も立ち上がったが


「ここではのんびりしてて」


と操に言われて素直に従った。

デザートに『ぶるうすたあ』のフルーツゼリーをそれぞれの前に置き


「このゼリー、さっぱりしていて美味しいんです。どうぞ召し上がって」


と操が勧めながらソファーに腰掛けた。

ゼリーを食べ終えると、


「俺、カシワのところに行ってくる」


柊が立ち上がった。それを見て珠子も立ち上がる。


「ヒイラギ君、私もタカシのところに行く!」


その声が響いたのか、揺りかごの千春が目を覚まし泣き声を上げた。美雪が抱き上げ背中を軽く叩く。が、泣き止まない。

珠子が傍に行くと目が合った途端、


「たあーまー、たあーまー」


と言いながら泣き止んだ。


「タマコ、千春を頼むわ」


そう言って柊は柏のところへ行ってしまった。

孝に会い損ねた珠子はがっかりしたが、千春が自分を呼んでいるので美雪の隣に座り、指を握ってもらおうと差し出した。

すると、


「たあーまー」


と、千春が手を伸ばし体を珠子の方へ向けたのだった。


「珠子ちゃんに抱っこをねだってるわ」


美雪が、抱っこしてみる?と言った。

恐る恐る美雪の腕から自分のところに抱きかかえると


「きゃあー」


千春が珠子にしがみ付いて大きな声を上げた。珠子は落とさないようにしっかりと小さな体を抱くと、ぺたりとこちらに寄りかかってきた。


「あっ、ミルクの匂いがする」


珠子は千春の頭に鼻を近づけ感動した。


「たあーまー」


千春はリラックスしているのか、また寝息を立て始めた。


「珠子ちゃん、まるでお母さんみたいよ」


美雪に言われて、なんだか擽ったい気持ちになる珠子だった。

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