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ハイツ一ツ谷のホッとな日常  作者: モリサキ日トミ


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操の孫たち

珠子は目覚める直前、夢を見た。

その内容は、はっきりとは覚えていないが目覚めも良く嫌な感じもなかったので、きっといい夢だったのだろう。


「ミサオ、おはよう」


「姫、おはよう。なんかいい夢でも見てた?」


「なんで?」


珠子は操の問いに質問で返した。


「うふふって笑ってたのよ、あなた。起きてたのかと思って声をかけたけど、その後寝息を立ててたので楽しい夢でも見てたのかなと思ってね」


「そうだったんだ。私、どんな夢を見てたんだろう。なんだか気になってきた」


珠子は一生懸命夢の内容を思い出していた。見慣れた場所が出てきたような…。


「姫、ボタンを留める手が止まってるわよ。急いで着替えないとタカシ君の見送りに間に合わないわよ」


操に()かされて慌てて身支度を整えると


「タカシにおはようを言ってくるね」


と言って珠子は玄関の外に出て行った。


「勘の鋭いあの子がいい夢を見られたのは素敵なことだわ。姫、笑顔を浮かべたくなる楽しいことが起きるといいわね」


と独り言を言いながら、操は朝食の用意をした。




珠子を幼稚園に送り届けアパートに戻って玄関の鍵を開けようとした時


「大家さん」


と声をかけられ振り向くと、207号室の久我晶(くがあきら)が立っていた。


「あら、おはようございます。愛子さんの体調はどうですか」


操が尋ねる。晶の母、107号室で暮らしている久我愛子はこの秋、体調不良で入院し手術を受け入院しているのだった。


「はい。病状も大分落ち着いていて、今朝、一時帰宅の許可が出たので今は自分の部屋で休んでいます。それで病院に戻るまでの間、私が母のところで寝泊まりしていてもいいでしょうか」


と、晶が聞いた。

この『ハイツ一ツ谷』は大家である操の家族が住まう部屋以外は、基本単身者用の住まいになっている。が、もちろん諸事情に応じて長期間にならなければ二人で生活をしても構わなかった。


「もちろんよ。お母さんのお世話をしている晶さんは遠慮しないで美子さんの傍にいてちょうだい」


だけどあなたも体に気をつけてね、と操が言った。


「ありがとうございます」


晶はお辞儀をして愛子の部屋へ入って行った。

そんな母親思いの青年の後ろ姿を見ながら、操はうんうんと頷き自分の部屋へ戻った。


「さてと、やりますか」


洗濯機を回しながら部屋の中をざっと片付けて掃除機をかけ終えると、キッチンでお茶を淹れた。先日商店街のお茶屋で教えてもらった美味しい緑茶の抽出の方法を真似してみた。急須の茶を最後の一滴まで湯呑みに注ぎ


「いただきます」


操は一口含むと、


「甘い。美味しい」


これなら味にこだわる美雪の父、守之にも喜んでもらえそうだ。


「あとはお茶請けを考えないと」


守之の妻の美子はとても気さくで、まるで学生時代からの親友のように気が合うのだが、彼女の夫である守之は自分にも他人にも厳しそうで、さすがの操もかなり気を遣う。

それでも柊と美雪の娘、千春に会えるのはとても楽しみだった。操の宝である珠子はもちろん彼女の孫なのだが千春も大切な孫で、生まれて間もない頃に会ったきり、今度の週末に久しぶりに顔が見られるのだ。


「早く会いたいわ」


そう言いながら湯呑みのお茶を飲み干した。


「そうだ、もう一人の元気な孫の顔を見に行こうかしら」


操は湯呑みと急須を片づけると洗い上がった洗濯物を干し、海苔煎餅を持って彼女の部屋の真上に住む鴻のところを訪ねた。

201号室のインターホンを押す。


「はーい」


「こんにちは。元太の顔を見に来たわ。コウちゃん、お茶しましょう」


「お義母さん、いらっしゃい」


鴻が笑顔で操を出迎えた。


その隣で


「おんいちあ、ばあー」


元太が鴻の足にしがみ付きながら立って操の顔を見上げた。


「元太!こんにちはって言ってくれたのね!お喋りが上手になったわね」


思わずしゃがんで元太を抱きしめた操の顔を、笑いながら彼は平手でパチパチ叩いた。元太なりの喜びの表現なのだが、そのパワーが半端なく操はその手から逃げるように


「元太ありがとう。歓迎してくれて嬉しいわ」


慌てて立ち上がった。


「相変わらず乱暴者でごめんね。お義母さん入って入って」


鴻が奥へ誘う。


「お邪魔するわね」


操は抱っこを要求する元太を抱き上げて鴻の後ろを歩き、キッチンの椅子に座った。手にしていた煎餅の袋をダイニングテーブルの上に置いた。


「商店街の『山野園』で試食したら美味しかったから買っちゃった。食べてみて」


「ありがとう。早速いただこう。そう言えば、月美さんの体調はいかがなのかしら?」


コーヒーを淹れながら鴻が聞いた。


「元気そうよ。この間は驚いたけどね。突然激痛に襲われるみたいよ尿管結石って」


「結石だったんですか。体の管の中を石が動くって考えただけでも痛く感じる」


「そうよね。いただきます」


操は淹れたてのコーヒーを飲んだ。


「美味しい。自分では日本茶ばかりだけど、コウちゃんの淹れるコーヒーは本当に美味しい」


「いつでも飲みに来てください」


鴻が嬉しそうに言った。


「今度の土曜日にヒイラギたちが来るのよ。久しぶりに千春ちゃんに会うんだけど、その前に元太の元気な顔が見たくなってね」


「でもこの子、元気すぎてお義母さんはいつも顔を狙われちゃう」


鴻は笑いながらも申し訳なさそうに操を見た。前にも元太に顔をつねられて操の頬に青アザができたのだった。


「仕方ないわ。悪気は無いんだし、彼なりの歓迎なんだものね」


「本当にすみません」


「いいのいいの、大丈夫よ。ところで姫がね、幼稚園のクリスマス会で行う劇でね、深海の魔女の役をやるの」


「月美さんが病院に運ばれた時、珠子から聞きました。源ちゃんに連絡したら見に帰ってくるって言ってました。私も珠子が演技するところを見たいんですけど、元太がいるから無理かなって…」


「大丈夫よ。この子だってお姉ちゃん晴れ姿見たいわよね」


と言いながら、操は海苔煎餅をよだれでふにゃふにゃにしながら食べている元太を見つめた。


「うん」


操たちの話を聞いて理解したのか元太が元気に返事をした。

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