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ハイツ一ツ谷のホッとな日常  作者: モリサキ日トミ


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普通にいい一日

「珠子ちゃん、おはよう」


ばら組の教室に入ると、永井葵が声をかけてきた。


「おはよう。葵ちゃん」


「珠子ちゃん、劇の練習をお家でしてる?」


「うん。少しだけどミサオに手伝ってもらって台本を読んでるよ。葵ちゃんは?」


珠子が聞くと、葵も頷いた。


「私もママに自分の言うところ以外を読んでもらって、自分の台詞を練習してる」


「それじゃ私たちは大丈夫だね。でも当日はみんなのパパやママが来るんだよね。大勢の人たちの前で演じるのは緊張するなあ」


私、結構あがり症なのと珠子が言った。


「えーっ、珠子ちゃんそんな感じには見えないよ。いつも堂々としてるよ」


「そう、見せてるだけ。本当は凄く緊張しちゃうの」


情けない顔をしながら、話題を変えて


「葵ちゃん、ブロック遊びしよう。私はケーキを作ろうかな」


「じゃあ私はバスを作ってみよう」


珠子と葵はブロックが入っている箱を持ってきて遊び始めた。




操の部屋では、月美とお茶をしながら操が結石の痛みの辛さを聞いていた。


「やっぱり相当痛かったのね」


「ええ、とっても。出産の時は痛みに耐えられたけど尿管結石の痛さは堪えられなかったです」


「確かに、タカシ君が誕生するための痛さと石が悪さする痛みじゃ全く別ものだわね。今はどうなの?」


「石が動く痛さより、管が傷ついたことでおしっこが沁みます。お茶を飲んでいる時に、こんなことを言ってすみません」


「いいえ、気にしないで。私が聞いたのよ。私だってならないとは限らないから、知識として知りたかったの」


と言いながら操はお茶を啜った。


「そう言えばお義母さん」


「ん?」


「病室で孝のリハビリを担当してくれた先生に会ったんです」


「整形外科病棟じゃないのに?」


「手術後の患者さんの歩行練習なんかで、消化器科や泌尿器科の病棟にもいらっしゃるんです。柏君が退院の手続きを取ってくれてる間、病室で待っていたら、孝の腕の運動をしてくれた佐田(さだ)先生が同室の患者さんのリハビリにいらしたんです」


「まあ。何か話をしたの?」


「ええ、少しだけ。孝は将来、佐田先生みたいな理学療法士になりたいって言ってたみたいです」


「そうなの。目標があるのは良いことね」


「あの子、柏君に人体図鑑や小さな骨格模型をねだって買ってもらってたんです。今は慣れたんですけど、リハビリが終了した頃に掃除をしに孝の部屋に入って机の上を見たら骸骨が立っていて驚きました」


「へえ、かなり本気なのね。いいじゃない。私、応援するわ」




幼稚園からの帰り道、珠子と操は手を繋いで歩いていた。


「姫、この後、商店街へ行くけど一緒に来る?」


「うん。行く!コロッケ買ってね」


「わかったわ。そう言えば今日ね、月美さんとお話をしてね病室でタカシ君のリハビリの先生に会ったんだって」


操が言うと、珠子が見上げて操の顔を見た。


「佐田先生かな?」


「そう。姫はその先生に会ったことあったんだっけ?」


「うん。一度だけだけど、タカシについて行って特別にリハビリしているところを見せてもらったの。すらっとしていて藍ちゃんや茜ちゃんみたいな格好いい先生だったよ」


珠子は、そう話しながらその時の孝の言ったことを思い出していた。

彼は珠子の右手をしっかり繋ぐために、しっかりリハビリをして左手の怪我をちゃんと治したいんだと佐田先生に伝えていた。孝のその気持ちが凄く嬉しかったのを覚えている。


「姫、何をニヤついているの?」


操に顔を覗き込まれて、珠子は慌てて何でもないと言った。

アパートに戻って、珠子が幼稚園の制服を脱ぎ帽子とバッグをラックに掛けてフリースのジャケットを羽織ると


「操、お買い物行けるよ」


言いながらキッチンに顔を出した。


「姫、出かける前に麦茶でも飲む?」


「今はいい。だって…」


「あれ、買い物の帰りにプリンちゃんのところに寄りたいとか思ってる?」


図星な操の言葉に


「ち、違うよ」


珠子は慌てて首を横に振った。


「構わないけど今日は『山野園』にも行くわよ。姫の好きな(ぬる)めの緑色が綺麗な美味しいお茶を飲ませてもらう?」


「うん!」


珠子は『ぶるうすたあ』のプリンアラモードと『山野園』のお茶のサービスを天秤にかけた。今の気分はお茶とお煎餅なのでお茶屋さんに行きたいと思った。

操はエコバッグを肩にかけ珠子と手を繋ぎ商店街へ向かった。

いつものように『吉田精肉店』で肉と珠子の好きなコロッケを取り置きしてもらい『山野園』に顔を出すと


「いらっしゃい。珠子ちゃん久しぶりね」


店主の山野祐子が迎えた。


「こんにちは。美味しいお茶をご馳走になりに来ました」


珠子が挨拶をする。


「相変わらず礼儀正しいのね。待っててね」


祐子が『珠子ブレンド』と名付けた茶葉を急須に入れて六十度ほどのぬるま湯でゆっくり淹れた。綺麗な緑色のお茶を湯呑みに注ぎ


「珠子ちゃん、どうぞ」


お盆に乗せて珠子の前にさし出した。


「いただきます」


珠子が両手で湯呑みを包むように持ちゆっくりとお茶を味わった。


「美味しい!ミサオが淹れてくれるのも美味しいけど、ここで飲むともっと美味しく感じる。同じお茶っ葉なのに何でかな?」


珠子の感想を聞いて祐子は大喜びする。


「珠子ちゃんに、そう言ってもらうと凄く嬉しいわ」


「祐子さん、本当美味しい。お湯の温度かしら」


操もお茶があまりにも美味しかったので、おかわりをお願いした。


「そうなの。いつも淹れてるのより五度ぐらい低くしたお湯で少し時間をかけて淹れてみて。そのかわり湯呑みはちょっとだけ温めた方がいいかも」


「わかった。やってみる。週末に大事なお客様が来るのでアドバイス通りに淹れてみるわ。この姫ブレンドちょうだい。あと海苔煎餅も」


操は、土曜日にやって来る柊の舅のために『珠子ブレンド』を購入した。

お茶をたっぷり堪能して海苔煎餅も試食した珠子は祐子にさようならを言って操と店を後にした。

肉屋で購入したものを受け取り、二人はアパートに戻った。


「お茶、美味しかったね」


「ミユキちゃんのお父さんに美味しいお茶を飲んでもらいましょうね」


「そうだね」


相変わらず鰻の蒲焼きを期待している珠子は、今日も普通にいい一日だなぁと思った。

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