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ハイツ一ツ谷のホッとな日常  作者: モリサキ日トミ


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256/295

繋がってる

「ただいま」


小学校からダッシュで帰ってきた孝が、もどかし気にスニーカーを脱ぎ部屋の奥へ行くと、ソファーに座っていた月美が立ち上がろうとしていた。


「お母さん、じっとしてて」


と言いながら彼は彼女の前で


「おかえりなさい。痛みはどうなの?」


もっともっといろいろ聞きたいことがあったが、一番気になった質問を一つだけした。


「孝もおかえり。ねえ隣に来て」


月美に言われたので、ランドセルを抱いて孝は隣に座った。


「もう大丈夫よ。昨日は自分でも驚いたけどね。痛すぎると呼吸の仕方を忘れちゃうの」


月美が苦笑いを浮かべながら言った。


「昨夜はさ、お父さんが凄く寂しそうだったよ。それでさ…」


「おまえだって元気無かったじゃないか」


孝の報告を遮るように柏がキッチンからやって来て向かい側のソファーに座った。


「それはそうだよ。昨日、学校から帰ったらタマコが玄関に出てきて、お母さんはおれが入院してた病院に救急車で運ばれたって言うからさ、何が起きたんだってパニクった」


「ノッシーにごはんをあげてたら突然電気が走るような痛みが起こって立ってられなくなったの。タイミング良くお義母さんと珠子ちゃんが来てくれて本当助かった」


「とにかく月美はゆっくりしていてくれ。タカシは手伝ってくれよ。今夜は俺特製のクリームシチューだから」


柏が米とぎは頼んだぞ、と言うと孝は頷きランドセルを置きに自分の部屋へ行った。すると柏は立ち上がり、今まで孝が座っていたところに腰を下ろして月美の手を握った。


「柏君は甘えん坊ね。孝に見られたらからかわれるわよ」


と、月美が笑った。


「本当、お父さんは甘えん坊だな」


自分の部屋から出てきた孝が呆れる。


「お父さん、ご飯の炊き上がりは何時にするの?」


「十八時半で」


「わかった」


孝はキッチンへ消えた。

米をとぎ、炊飯器にセットして予約のスイッチを押すと


「ちょっとタマコのところに行ってくる」


と言って彼は隣を訪ねることにした。




「どうか私を人間の姿にしてください」


「構わないよ。だが、その代わりにおまえの美しい声をもらうよ。いいのかい」


「かまいません。どうか人間の姿にしてください」


「わかった。それではおまえを変身させてあげよう。それーっ」


珠子と操が台本から顔を上げると、ふうーっと一息吐いた。


「姫、とっても良かったわ。それーっの言い方が、この後、人魚姫の変身のシーンを盛り上げるわよ」


「ありがとう、ミサオ。褒められると私もっと頑張ろうって思っちゃう」


珠子がもっと褒めて!と言って操を笑わせた。


「そろそろ、おやつにする?」


「うん。今日のおやつはなあに?」


「今日はミルクレープもどきよ」


「早く食べたい!」


二人がキッチンに移動すると


「タマコ、いるか」


インターホンから聞こえた声に珠子は玄関へダッシュした。玄関扉を開けて、孝の手を引っ張った。


「タカシ、丁度いい時に来たね。これからミルクレープを食べるの」


珠子に引っ張られながらキッチンへ行くと


「いらっしゃい。両親のラブラブな様子に堪えられなくなったんでしょう」


操が笑いながら孝を見る。


「そう。見てらんないからおじゃまします」


ため息混じりに彼は言った。


「タカシ、座って」


珠子に言われてダイニングテーブルの椅子に座ると、彼の前にカットしたミルクレープの皿と紅茶のカップが置かれた。

珠子の前にも置いて


「さ、召し上がれ」


操が勧めてくれたので、二人で、いただきますと言って六枚ほど重ねたクレープを頬張った。


「これ、おばあちゃんが作ったの?」


「そうよ。月美さんのように完璧には作れなかったけど、味はまあまあだと思うわ。どうかな」


「美味しいよ!少し大人の味がする」


「うん。美味しい」


「良かった。クリームにちょっとだけオレンジのリキュールを煮詰めたものを混ぜてみたの」


私だってやればできる子なのよと操が言い、わかったわかったと珠子が納得して見せるやり取りが可笑しくて、微笑ましいなと孝は思った。


「お母さんが言ってたんだけど、突然体に痛みが走って息もできない状態になった時におばあちゃんたちが来てくれて助かったって。それっておばあちゃんたちの能力で何か感じたから来てくれたの?」


孝に聞かれて、操はそうじゃ無いのよと言った。


「姫がね劇の台本をもらったから、月美さんに見てもらおうと思って訪ねたの。月美さんの気配は感じたんだけど応答が無かったから、合鍵で開けさせてもらったの」


「そうなんだ」


「そう。たまたまタイミングが合ったの。でもね、きっと月美さんと私たちの繋がりの強さが丁度そのタイミングに合わせられたのかもね」


「そうだよ。月美さんはタカシのママで、カシワ君の奥さんで、私たちの家族だもんね」


珠子が噛みしめるように言った。

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