一安心して晩ごはん
夜八時過ぎに操と柏が病院から帰ってきた。
「お父さん、おかえり。おばあちゃん、お母さんのことありがとう」
「ミサオ、カシワ君、おかえりなさい」
孝と珠子が出迎えた。
「ただいま。いやあ驚いた。結石って突然痛みだすんだな」
仕事が終わる頃を見計らって連絡をしてきた操から月美が病院に救急搬送されたと聞いた柏は、急いでその病院に車で向かったのだった。
月美は今夜は入院して、病棟のスタッフが病状を確認するそうだ。
「月美さんはね検査中は痛みで大変だったみたいだけど、投薬が始まって大分楽になってきたし、他には問題が無いってドクターが話してくれたので、カシワには仕事が終わってから病院へ来てもらったの」
と言いながら、操は下げていた袋をダイニングテーブルに置いた。
「ちょっと遅くなっちゃったから商店街に寄ってもらったわ」
テーブルに置かれた袋には『うまどん』とプリントがされていた。『うまどん』は商店街の入り口に近いところにあるテイクアウトとデリバリー専門の弁当・惣菜店だ。
「適当に買ってきたから、食べたいお弁当を早い者勝ちでどうぞ」
操は袋を開いて弁当や丼を出していった。インスタント味噌汁とお茶を淹れて、四人は各々弁当や丼を頬張った。月美の症状が比較的落ち着いているので、和やかな雰囲気で食事ができた。
「お父さん、お母さんは明日は退院できるの?」
孝が柏を見る。
「多分な。タカシが登校してから、俺は病院に行ってくる。退院許可が出たら一緒に帰る」
「タカシ君、カシワったら病室に入った途端、ベッドで点滴を受けている月美さんに抱きついたのよ。痛い中よく頑張ったなあって」
操がその時の様子を思い出してクスッと笑った。
「別にいいだろう。心配だったんだぞ。でも思ったより月美の容体が落ち着いているようだったからほっとしてつい…」
家にいるつもりでスキンシップを取ったんだと、柏が恥ずかしそうに弁解した。
「だけど、月美は毎日健康に気を配った料理を作ってくれて一緒に食事をしていたのに、いったい何が悪さをして石なんかできちゃったんだろうな」
やっぱり俺みたいにビールをごくごく飲んでおしっこをたくさん出せば石なんかできないんだと自慢気に言う柏に、
「そう言うアンタは痛風に気をつけなさい。だいたい今は食事中よ。トイレの話は遠慮するもんでしょう」
操がピシャリと窘める。
「すみません」
柏は素直に謝った。
そんな彼を見て、月美の症状が思っていたより落ち着いていたので心から安堵したんだなぁと珠子は感じた。
「お父さん、看護師さんの前でお母さんに抱きついたの?ダサっ」
と呆れた孝を見て、本当はお母さんを心配してくれてお父さんありがとうと思っているのを珠子は感じることができた。
その時、あれ、何でだろう?と彼女は思った。孝の柏に対する気持ちはしっかり感じ取れるのに、自分に対する彼の気持ちは今ひとつ感じられないのだ。例えば自分が辛そうにしていたとして、それを見た孝はとても心配してくれるとは思うが、どんな風に心配してくれてどんなことを考えているのか、しっかり感じ取ることができないのだ。
少し前に操が、それは珠子にとって孝は特別だから感じることができないのよと言っていた。だけど、自分にとっての特別ってなんだろう。
「タマコ、さっきから黙りこんでどうしたんだ?」
孝が顔を覗き込んで顔が怖いよと言うので、珠子は頬をぷうーと膨らませた。
「姫、そんな顔をすると可愛らしさが台無しよ」
操が優しく諭し、それから柏に向かって
「今度の土曜日にヒイラギ一家が遊びに来るわよ」
と言った。
「おっ、あいつの顔を見るの久しぶりだな」
柏が嬉しそうな顔をした。彼と柊は仲のいい兄弟なのだ。
「カシワ君とヒイラギ君て同じ会社でお仕事をしてるんでしょう。それなのに顔を見ていないの?」
珠子が首を傾げる。
「部署が違うしオフィスがある階も違うんだ」
「そうなんだ」
「ミユキちゃんのお父さんも一緒にいらっしゃるわよ」
「へえ、守之さん…だっけ。ヒイラギの結婚式で挨拶した以来だな」
柏は彼の顔を思い出そうとしたが曖昧だった。
「守之さんは姫に会いに来るみたい」
操の話に孝が聞いた。
「美雪さんのお父さんはタマコのことをよく知ってるの?」
「初めて守之さんのお店に伺った時に姫が厨房を案内してもらって、それ以来メロメロなのよ姫にね」
操はその時の店の奥から珠子と手を繋いで戻ってきた守之が嬉しそうな顔で目に涙を浮かべていたのを思い出していた。
「千春ちゃんに会えるの楽しみだなぁ」
と言いながら、珠子は、やはり守之が持ってきてくれるかも知れないお土産に期待した。




