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ハイツ一ツ谷のホッとな日常  作者: モリサキ日トミ


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252/295

図書館のカフェで

図書館は、そこそこ人出があり大きな話し声こそあまり聞こえないが、なんとなくざわめいている。


「ミサオ、人魚姫の絵本が一冊しかないね」


珠子が小さな声で言いながら、その絵本を手に取った。


「ばら組のお友だちが予習のために借りてるのかしらね」


と、操は囁きながら珠子と読書スペースへ移動した。

そして、二人で並んで座り絵本の表紙を開いた。


海の底で美しい人魚姫は、姉妹たちや仲間の海の生き物たちと楽しく過ごしていた。ある時、好奇心旺盛な彼女は嵐の夜に海面へと行くと船から海に落ちた王子様を助けた。そして彼女は、その王子様のことを好きになってしまう。そこで人魚姫は周りのみんなが止めるのを聞かずに、深海の魔女に人間になりたいと頼み込む。


「それで、深海の魔女は人魚姫を人の姿にするのと引き換えに、その声を奪ってしまうんだね」


絵本をめくりながら珠子がなるほどと頷いた。


「でも、人魚姫が住む世界の違うところに行きたいっていう頼みを聞いてあげるんだから、深海の魔女の行動もわからなくないなぁ」


と、珠子は言った。

その後も絵本を読み進め一通りあらすじを知った珠子は、なるほどと頷いて


「深海の魔女って、想像してたより怖くないかも」


あんまり悪い役じゃなくて良かったなと思った。


「こういうお話しは微妙に違いがあるのよね。中山先生はきっと優しい深海の魔女として登場させるんじゃない」


「うん。眉毛をぎゅっと寄せて怖い顔をしなくてもいいのかな」


「きっとそうね。だって姫はこんなに可愛いんだもの」


孫娘が大好きな操は相変わらずベタ褒めする。

えへへと、珠子は満更でもない顔をした。

人魚姫の大まかなストーリーがわかったところで、操と珠子は絵本を棚に戻すと図書館に併設されているカフェへ移動し、柔らかな日射しで暖かそうな席に着いた。

珠子はプリンパフェを、操はダージリンティーを注文して窓の外を眺めた。図書館の隣は児童公園で、カフェの窓からはブランコや鯨を象った滑り台で遊ぶ子どもたちが見えた。


「あの滑り台、可愛い形だね」


と、言う珠子に


「帰りに公園に寄ってみる?」


操が聞いた。


「ううん。いい」


珠子は首を横に振り


「元太だったら大興奮だね」


と、答えた。

運動神経に自信のない珠子は見慣れない形の滑り台は上に登るのも滑り降りるのも怖いのだ。


「そうね。近いうちにコウちゃんと元太と一緒にあの公園に行ってみる?」


「うーん、私、あの滑り台を滑るのちょっと怖い。それならタカシも誘ってみようよ。タカシなら元太を抱えて一緒に滑れるよ」


私は見てるのが専門なの、と珠子が言いながら運ばれたプリンパフェをスプーンで掬い口に運んだ。


操も紅茶を一口飲んで、自虐気味な珠子を意地らしく思った。


「ミサオ、千春ちゃんはどうしてるかな?」


珠子が別の話を振った。

千春は珠子の従姉妹だ。


「そうね。たまには顔を見に行ってみようか」


「うん。ミユキちゃんにも会いたいな」


ミユキは操の息子・柊の妻、石井美雪のことだ。千春は今年の二月に誕生した柊と美雪の愛娘で、操の孫である。

操は美雪の母親の石井美子とはちょくちょく会っているが、美雪と柊の住まいには娘と孫娘を溺愛している、美子の夫の石井守之が入り浸っているらしいので訪ねるのを遠慮していた。


「今後の週末に会いに行ってみる?」


「うん。千春ちゃんに会いたい」


「じゃあ帰ったら連絡してみるわね」


暴れん坊な弟の元太を相手にするのは体力のない珠子には手に余るが、千春は女の子なので穏やかに接することができるかも知れないと彼女は考えているのだろうなと操は思った。

元太や千春の話をしながらペロリとプリンパフェをたいらげた珠子は


「ああ、美味しかった」


満足そうな顔をこちらに見せると、


「やっぱり姫はとっても可愛いわ」


操は、きゅんきゅんした。

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