鰤とマグロ
「ミサオ、ただいま!」
「おばあちゃん、ただいま」
珠子と孝が元気よく帰ってきた。
「おかえり。タカシ君、いつもながら姫のお守りをありがとう。さ、あがって」
二人が手を洗ってキッチンに顔を出すと、そこには操の隣に月美が立っていた。
「お母さん、どうしたの?」
孝は驚き
「月美さん、ただいま。いらっしゃい」
珠子は元気に挨拶をした。
「おかえりなさい。珠子ちゃん、おじゃましてます。お義母さんが初物の寒鰤を頂いたんですって。だから今、捌いているの」
月美は厚みがあり刃渡りも少し長い包丁で丸々太った鰤を見事に三枚下ろしにしていた。
「月美さん、すっごーい。こんな大きなお魚初めて見た!」
珠子が目を丸くする。
「かなり脂がのってるの。美味しそうよ」
刺身用と煮付け用と塩焼き用に部位を分けながら月美が言うと、
「立派な鰤でしょう。月美さんがいてくれて本当に助かったわ」
操は、板さん月美の助手よろしく切った身を入れるバットを出したり、刺身を盛る大皿を用意しながら
「姫とタカシ君はソファーでゆっくりしてて。そこにマグロが寝てるから」
二人の孫に言った。
「マグロ?」
ソファーにマグロを寝かせたら汚れないのかなぁと珠子は思いながら孝とそこに行くと、ハイボールで気持ち良くなって横になり爆睡している柏がいた。
「ホント、マグロだ」
孝が笑う。
そして珠子に頼んだ。
「このマグロに何かかけてあげたいんだけど」
珠子は、クスッと笑いながら毛布を持ってきた。
「ありがとう」
孝は毛布を受け取ると、幸せそうな顔で寝息を立てている父親にかけてあげた。
そして、珠子と孝は並んで座り、向かい側のソファーで毛布にくるまって眠っているマグロを面白そうに見ていた。
「鰤の刺身で一杯やるつもりが、待ちきれなくてフライングして酔い潰れちゃったのよ」
と言いながら、操が温かいお茶をローテーブルに置いた。
「遊園地、楽しかった?」
「うん。すっごく楽しかった。タカシね、お腹がヒューっとなるコースターに楽しそうに乗ってたよ」
「ああ、あれは克服できたかもな。それより、おばあちゃん」
孝が操を見た。
「ん?どうしたの」
「タマコは今日も悪者をやっつけたんだよ」
孝が自慢気に言う。だが、その後すぐ彼はこう付け加えた。
「だけど人を助けるために、なりふり構わず飛び込んで行くのは心配なんだけどな」
「姫、何があったの?」
操が聞くと
「キラキラ衣装のお姉さんがストーカーに襲われそうになったの。それで、そのストーカーを睨んで動きを止めたの」
「遊園地も物騒ね」
「キラキラ衣装のお姉さんはアイドルで、今日はステージがあったんだと思うよ。ストーカーも元々はただのファンだったんだろうけど、どこかでおかしくなっちゃったんだね」
「そうなのね。だけど姫、タカシ君の言うように人助けもいいけど危ないことはしないでよ」
「わかってる。無茶なことはしないよ。でもね、タカシが傍にいてくれると、なんか安心して思い切ったことをしちゃうんだ」
と言う珠子に
「タマコ、おれは今日だってハラハラしてたんだぞ。急に派手な衣装の女の人に向かって走り出しただろう。危ない目に遭ってる人を助けたいって気持ちは立派だけど、できればおれの傍から離れないで欲しいな」
孝は本音を話した。
「そうだね。わかった。タカシ、また一緒に遊びに行こうね」
心配する孝と操をよそに珠子は次のデートのことを考えて笑顔を見せた。
「とりあえずお刺身食べられますよ」
キッチンから月美の声がした。
「タカシ、お刺身食べよう」
珠子が立ち上がり孝の手を引っ張った。
キッチンに行くとダイニングテーブルに綺麗な色をした鰤の刺身の大皿が置かれていた。
「早く食べたーい」
珠子が急いで小皿を並べ箸を置いた。
「早速いただきましょう」
操が言うと四人で透明感のある桜の花びらのような色味の鰤の刺身を口に運んだ。
「うーん、コリコリ!」
「脂がのってるね」
「んまーい!ご飯と食べたい!」
みんな幸せそうな顔で箸を動かした。
その時、孝が箸を置いた。
「どうしたの?」
珠子が顔を見上げる。
「お父さん起こしてくる。早く食べたくて我慢できなくてお酒を飲んじゃったんでしょう」
と言って、孝はソファーで寝ている柏を起こしに行った。
「彼は優しいわね」
操が感心する。
「あの子、柏君が大好きなんです」
と、月美は微笑んだ。
そして孝は寝ぼけ眼の柏を引っ張ってきた。
「おはよう、カシワ。月美さんが上手に捌いてくれて、お刺身美味しいわよ」
操が、席に着いた柏の前にわさび醤油の小皿と箸を置いた。
「いただきます」
柏は箸を持ち鰤を取って醤油をちょんとつけて口に運んだ。
「おお、美味い。目が醒めた!」
そんな我が息子を見て
「マグロが鰤を喰らってるわ」
と言って操は笑った。




