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ハイツ一ツ谷のホッとな日常  作者: モリサキ日トミ


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248/295

フラワ・ランドにて

「タマコ、出かけられるか」


土曜日の遅めの朝、孝がやって来た。


「うん、行けるよ」


珠子はダッシュで玄関へ行った。




昨日の夕方、珠子がオムレツケーキを持って孝のところを訪れた。月美にクリスマス会の劇で珠子が着用する海の魔女の衣装を作ってもらうお願いに来たのだった。


「どんな衣装でも喜んで作るけど、珠子ちゃんが魔女の役なの。ちょっとびっくりだわ」


月美が驚いた顔をする。


「おまえは天使みたいなのが似合うと思うけどな」


と、孝が言った。月美も、そうよそうよと頷く。


「天使役は葵ちゃんがやるの。葵ちゃんてふわっとした感じでとても可愛いから去年も天使を演じたんだって」


珠子が言うと


「絶対、タマコの方が可愛いし、どこから見てもおれはおまえこそ天使がピッタリだと思うけど」


孝が力説する。


「タカシ、ありがとう。でもせっかく目立つ役をもらったから、一生懸命、魔女になりきって頑張ろうと思って。なので月美さん、海の魔女の衣装よろしくお願いします」


珠子は月美に頼んだ。


「任せて。台本をもらったら私にも見せてね」


「はい、持ってきます。ところでタカシ、私が元気になったら一緒にお出かけするんだよね」


月美に衣装を作ってもらうお願いをするために来た珠子だが、孝とデートの約束を取り付けるのも、もう一つの目的だった。


「そうだったね。明日出かけるか?」


「うん。お出かけしたい!」


「せっかくフリーパスがあるんだから、あそこに行くか」


「いいの?」


「ああ。絶叫マシンに挑戦するよ」


孝は覚悟を決めて言った。彼はその手の乗り物が大の苦手だが、珠子のために男気を見せることにした。


「孝、マシンが急降下する時、歯を食いしばらないでお腹から大声を上げるの。明日試してみて」


月美がアドバイスすると


「そんなの恥ずかしいよ」


孝が首を横に振る。


「私も大きな声出す!二人で叫べば楽しいよ!」


ねっ、と珠子が孝を見る。


「わ、わかった。一緒に叫ぼう」


と、言うことで『フラワ・ランド』に二人で出かける約束をしたのだった。




「姫、パス持った?」


孝の迎えにダッシュで玄関へ行った珠子の後を追って操も姿を現した。


「タカシ君、おはよう。今日も姫をよろしくね」


「おばあちゃん、おはよう。珠子の傍を離れずにいるから心配しないで。それじゃ、いってきます」


「ミサオ、いってきます」


珠子と孝は手を繋いでアパートの敷地を出ていった。

そんな二人の後ろ姿を見ながら、彼が中学生になってもああやって珠子と一緒に出かけてくれるのかしらと、操は思い巡らせた。

駅に着いた珠子たちは、想像以上に混雑していることに驚いた。


「今日は、やけに人が多いな。タマコ、はぐれないようにしないとな」


孝は珠子の小さな手をしっかり握った。

電車内も混み合って、奥に流されないように孝は珠子と繋いでない方の手で乗降扉近くの手すりに掴まった。珠子も空いている方の手で孝のジャケットにしがみつくように立った。


『フラワ・ランド』の最寄り駅に到着して、二人は押し出されるようにホームに降りた。


「なんか今日は凄いね。遊園地で何かあるのかな?」


自分たちのペースで歩く珠子と孝を多くの人たちが足早に追い抜いて行った。


「確かに人出が多いな。アイドルがショーでも開催するのか、それともヒーローショーがあるのかな」


「もしそうなら、ショーをやってる間はあまり並ばないで乗り物が乗れるね」


嬉しそうに珠子が言う。


「そうだな」


小さな声で孝は返事をした。

『フラワ・ランド』に着いた二人はゲートでパスを読み取り機にかざして遊園地に入った。


「普通に混んでるね」


珠子はちょっと期待外れだなぁと言うと、


「土曜日だからな」


心なしか嬉しそうに孝が頷いた。


「どの乗り物に並ぶ?」


「最初だから、足が宙ぶらりんにならない踏ん張れるやつでタマコ先生お願いします」


と言う孝のリクエストに


「それじゃ、普通のローラーコースターに乗ろうよ」


珠子は気を使ってレールが円を描いていないコースターの方に向かった。


「この順番待ちの時間って、どきどきするな」


「タカシ、お腹がヒューっと感じる時に一緒に大きな声出そうね」


孝の手をしっかり握って珠子が言った。

そして、二人が乗り込み安全バーが降りてロックがかかるとコースターが動き出した。マシンは急上昇して急降下が始まる地点にやって来た。


「タカシ、一緒に悲鳴を上げよう。どっちが大声を出せるか競争ね」


と珠子が言った途端、コースターは真下に落ちるように高速で進んだ。


「きゃぁー!」


「うわあー!ああー!」


「きゃあああ!」


「おおー!」


大声を出すと案外気持ち良かった。

おれ、結構絶叫マシン大丈夫かもと孝は思った。

だが、


「タマコ、ゴメン。おれさ、最初のローラーコースターで今のところいっぱいいっぱいだ」


いける!と思って乗ったぐるりと回転するタイプのマシンは、さすがに孝にはキツかったようだ。


「タカシ、お腹がヒューっとなるのに乗れただけでも凄いよ」


珠子は孝の腕に抱きついた。


「そうだよな。少しずつ慣らしていけばいいよな」


孝も前向きに考えることにした。


「タマコ、喉が渇いてないか?」


「クリームソーダが飲みたい!」


「あそこのお店に行ってみよう」


二人は前の方にあるジューススタンドに向かった。


「クリームソーダ二つください」


珠子がスタッフに声をかけると


「すみません、先に私にコーラください」


キラキラした服を着た若い女の人が割り込んできた。

なんだよ大人気(おとなげ)ないな!と孝は頭の中で思い、その女の人を睨んだ。

スタッフが一瞬困った顔をしたので


「コーラが先でいいですよ。お姉さん急いでいるようだから」


珠子が順番を譲った。


「お嬢さん、ありがとう。ごめんね」


キラキラした服の女の人はコーラを受け取ると、珠子に頭を下げてその場を走り去った。


「割り込みはいけないって習わなかったのかな」


孝がぶつぶつ文句を言うと


「あの人、誰かに追われてるみたいだよ」


と、珠子が言った。

その時、何人かの大人たちがバタバタとこちらに向かって走って来た。咄嗟に孝が珠子を庇うように前に出た。

走り寄ってきた人たちの一人が孝に聞いてきた。


「すみませんが、この辺で光った衣装を着た若い女の人を見ませんでしたか?」


孝が答えようとすると


「あっちに向かって行きましたよ」


珠子が、女の人が走って行った方向と逆を指さした。

ありがとうと言って大人たちは珠子が示した方へ走り去った。


「タマコ、嘘言っていいのか」


孝が小声で聞いた。


「うん。何だかさっきのお姉さん、訳ありっぽかったの」


珠子はキラキラ衣装の女の人が走った方を見つめて言った。

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