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ハイツ一ツ谷のホッとな日常  作者: モリサキ日トミ


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珠子、海の魔女になる

「珠子ちゃん、おはよう。元気になったの?」


二日ぶりに登園した珠子に永井葵が傍に来て声をかけた。


「おはよう。もう元気になったよ。教室の飾りがなくなったね」


珠子がばら組の教室を見回す。

彼女が欠席する前は、オレンジ色と紫色の折り紙で作った鎖やジャック・オ・ランタンを象った飾りやコウモリの形に切り抜いた黒い紙が教室の壁中に飾られていたが、今は全て無くなっていた。これからはクリスマスに向けて少しずつキラキラするもので装飾していくのだろう。


「今日はね、クリスマス会でやる劇を発表するんだって」


「へえー。なんのお話をやるのかな?」


「わからないけど、最後はハッピーエンドになるんだと思うよ」


「そうなのね」


その時、


「皆さん、集まってください」


中山ヒロミ先生が、みんなを呼んだ。全員が椅子に座ると、先生が話を始めた。


「皆さん、クリスマス会で行う劇が決まりました。その演目は『人魚姫』です。アンデルセン童話の人魚姫は悲しい結末ですが、幸せな終わり方になるように、お話を作り変えました。それでは、誰がどの役をやるか発表します」


クリスマスらしく必ず天使が登場するので、まず天使役が発表された。去年に引き続き葵が一番偉い天使役を演じ、彼の手下の四人の天使役も発表された。

人魚姫役は、ばら組一髪の毛の長い女の子が選ばれた。

人魚姫が恋する王子役は、大沢賢助が演じることになった。

その後も、お城の人たちや海の中で泳ぎ回る魚役が発表され、


「最後に、海の魔女役を神波珠子ちゃんお願いします」


と珠子は中山先生から言われた。


「海の魔女ってどんな格好なのかなぁ」


珠子は悩んだ。衣装は月美が作ってくれると言ってくれたが、魔女のイメージが思い浮かばなかった。


「珠子ちゃん、魔女役なんて凄いね」


葵が言う。


「どこが凄いの?」


「だって、怖い役なんて演技力がいるじゃない!」


「そうなの?」


「みんな明るく笑って楽しそうに台詞を言いながら舞台の上を動き回るのに、珠子ちゃんだけ迫力ある演技をしなくちゃならないんじゃない」


「そうなのかなぁ。葵ちゃんの方がクリスマスらしく綺麗な天使を演じられていいなあ」


「去年、私が着てた天使の衣装を先生が気に入ってたんだと思うよ。ママ、凄く頑張って作ってくれたから。今年も作ってもらわないと」


去年に着てたのを少し直すだけで良ければいいのだけれど、と葵は言った。やはり衣装を用意するのは大変なのだ。


「珠子ちゃんも魔女の衣装を作ってもらわないといけないね」


「そうだね。タカシのママが衣装作りは任せてって言ってくれてるの。月美さん、お洋服作るの凄く上手なんだ」


「えっ、孝君のママが作ってくれるんだ。いいなあ」


孝に憧れている葵は、家族ぐるみで仲良くしている珠子を羨ましく思った。


「でも、人魚姫って最後に泡になって消えちゃう悲しいお話なのに、どうやってハッピーエンドにするのかな」


「去年もそうだったんだけど、天使が出てきてうまいことやるんじゃない」


今年はどんなふうに幸せな終わりにするんだろうねと、葵が苦笑いしていると、


「おれ、王子様だって。なんか恥ずかしい」


と言いながら賢助が傍に来た。


「カッコイイじゃん。王子様なんて。私なんて、恐ろしい魔女だよ。怖い顔の練習しなきゃ」


珠子は可愛い役をやりたかったと少し嘆いた。




幼稚園からの帰り道、珠子は操に愚痴った。


「クリスマスに魔女なんて、気分が乗らないなぁ」


「姫の演技力が試されるわね。こんなに可愛い顔をどうやって怖い顔にメイクしようか。茜や藍に相談しようかしらね」


「そうか。茜ちゃんも藍ちゃんもお化粧上手だもんね。衣装は月美さんが任せてって言ってくれたんだよ」


「それは心強いわ。私に作ってって言われたらどうしようかと思った」


操は、ほっとした顔をした。

アパートに戻ってすぐ、


「これからタカシのところに行って、月美さんに衣装のお願いをしてこようかな」


と、珠子が言ったが


「台本をもらって、物語の内容や台詞を確認してからでいいんじゃない。そういうのがあると月美さんも衣装のイメージができるでしょう。それに今行っても、タカシ君まだ帰ってきてないわよ」


「そうか」


珠子が隣に行きたいのは孝に会いたいからなのを、操はお見通しだ。

その時、インターホンから藍の声がした。


「開いてるから入って」


操が応えると、ケーキが入っているらしき箱を持って娘の藍がキッチンに顔を出した。


「お母さん、ちょっと遅くなったけど、この間、礼奈を追っ払ってくれたお礼」


『ぶるうすたあ』のシールが貼られた箱をダイニングテーブルに置いた。


「藍ちゃん、これケーキ?」


珠子が嬉しそうに箱を持ち上げた。


「そう。月美さんたちと食べられるようにオムレツケーキよ。みんなでどうぞ」


「気を使わなくていいのに。でも、ありがたく頂戴するわね。それと、姫があなたにお願いがあるみたい」


操は箱を冷蔵庫にしまいながら珠子を見た。


「え、なあに」


藍も珠子を見た。


「クリスマス会の劇で私、海の魔女をやるの」


「珠子ちゃんが魔女?」


ずいぶん可愛らしい魔女ねと、藍が笑う。


「それで、藍ちゃんたちに魔女っぽいお化粧を教えてもらいたいなって。教えてください」


珠子がお願いすると


「構わないけど、当日は劇が始まる前に自分でメイクするの?」


「多分。もし、お家から魔女の顔をして行ったら道ですれ違う人たちがびっくりするよね」


「そうね。それじゃ目元と口元と頬のポイントメイクで魔女っぽくなろうね。簡単にできるように考えとくわ」


藍から了解をもらい珠子は一安心した。後は台本をもらったら台詞と動きを練習しなきゃと、結構やる気になっていた。


「姫は表現力が豊かだから有名女優も驚くような演技ができるわよ」


孫娘にベタ惚れな操は、まだ何の準備も始まっていないのに褒めちぎり、珠子は恥ずかしくなって俯いた。

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