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お見舞い

早朝、いつものように操は玄関前の通路を掃除していた。二階の奥から手前に向かって掃いていき、階段そして一階の通路を掃除した。


「よし、今日も綺麗になったわ」


朝ごはんの用意をするかな、と操が部屋へ戻ろうとすると


「大家さん、おはようございます」


声をかけられて振り向く。207号室の久我晶だった。


「あら、久我さん。愛子さんの具合はいかが?」


晶の母で彼の部屋の真下、107号室に住む久我愛子は大の医者嫌いで、先日体調不良になりそれでもゴネて病院に行かないでいた。その後、操に説得されて何とか検査を受け治療のため現在入院中なのだ。


「先週、手術が無事終わって経過観察中です」


晶の声が明るいので治療がうまくいっているのだろう。


「それじゃ久我さんも一安心ね」


「大家さんが早く病院へ行くように話をしてくれたので助かりました」


「家族の言うことはどうしても聞きたくないのよね。甘えちゃうの。私みたいな他人の話の方が聞きやすいのよ。ねえ、お見舞いに伺っても大丈夫?」


「ありがとうございます。大家さんの顔を見たら元気になりそうです。お願いします」


操は愛子の入院先と部屋番号を聞いて


「これから仕事でしょう。いってらっしゃい」


晶を送りだした。


「いってきます」


孝行息子は軽い足取りでアパートの敷地を出て駅の方へと歩いて行った。

操は急いで部屋に戻り


「姫、お待たせ。すぐごはんの用意をするからね」


珠子に声をかけた。


「ミサオ、今日はご飯にお味噌汁をかけたのがいいな」


「それでいいの」


「うん。なんか食欲がないの」


「えっ、熱でもあるのかしら」


操は急いで体温計を持ってくると珠子の腋の下に挟んだ。電子音がして表示を見ると平熱だった。


「姫、お腹が痛い?」


「痛くないよ」


「どうしたのかしら」


食べるのが大好きな珠子の食欲不振に操はかなり心配になる。


「ミサオ、スカートがちょっときついの。私、太っちゃったかも。週末にタカシとデートするのに少し痩せないと」


と言う珠子に、操が聞いた。


「姫、朝起きてからウンチした?」


「そう言えば、まだだ。トイレ行ってくる」


お腹を擦りながら珠子は椅子から立った。

暫くして戻ってくると


「ミサオ、玉子焼きも食べたいです」


スッキリした顔で珠子が注文した。

そんな孫娘の顔を見ながら


「もうスカートきつくないの?」


操が聞くと、彼女は笑顔で大きく頷いた。

朝食を終えて身支度を整え、二人は手を繋いで幼稚園に向かった。

歩きながら


「姫、幼稚園から戻ったら、一緒に久我さんのところにお見舞いに行こうか」


操が言うと、珠子はいいよ、と頷いた。

珠子を送り届けた足で、操は駅前の花屋に行くと、香りが薄く明るい色味の花でフラワーバスケットを作ってもらった。




午後、幼稚園が終わった珠子と一緒に久我愛子が入院している病院へ向かった。


「ここ、私が前に入院してた病院だ」


「そうね。この辺りの大きな病院て言うと、タカシ君が交通事故に遭った時に運ばれたところか、ここのどちらかになるわね」


そう言いながら、操は一年前に駅で事件に巻き込まれた珠子がこの病院に救急車で運ばれ、意識が戻らないまま何日かICUで治療を受けていた記憶が蘇った。

元気になって良かった。こうやって手を繋いで一緒に歩ける幸せを操は噛みしめた。

マスクを着けて二人は入院棟の受付で手続きを済ますと病棟のナースステーションに声をかけた。愛子の病室の場所を教えてもらい、そこへ向かった。四人部屋の窓側に愛子はいた。ベッドを起こしてもらい窓から外を眺めている。


「愛子さん、こんにちは」


操の声に彼女は窓から正面に目線を動かした。


「大家さん、お孫さんも」


「息子さんからあなたの様子を伺って、会いに行っても大丈夫と仰ってたので来ちゃいました。顔色も良くてお元気そう」


「ええ、術後の痛みも治まったし食事も大分食べられるようになったの」


「良かった。これあまり匂わないから、この辺に置かせてね」


操は、小振りなフラワーバスケットをベッドの傍の収納棚に置いた。


「ありがとうございます。綺麗ね。花を見て美しいと思えるの久しぶりだわ」


愛子が花を眺めながら言った。


「喜んでもらえて良かったわ」


「最近、リハビリが始まって少しずつ病棟内を歩いてるんです」


「それじゃ、もうすぐ退院の話になりそうね」


「うーん。だといいんだけど」


「ん?」


「今、取った部分の組織検査中で」


愛子が少し不安気な顔を覗かせた。


「大丈夫だよ」


突然、珠子が言った。


「えっ?ああ、そう?そうよね」


愛子は珠子の言葉になぜか納得した。


「うふっ。愛子さん、小さい子の言うことって結構鋭いのよ。だから姫、いや珠子の言う通りだと思うわ」


「ええ、そんな気分になってきた。珠子ちゃん、ありがとう。何だか力が湧いてきた」


愛子が入院着の袖をまくり上げ細い二の腕に力こぶを作った。


「あら、凄い!でもここでは安静ですよ、愛子さん」


操が笑いながら窘めると


「そうよね」


と舌を出して愛子も笑った。




お見舞いの帰り道、


「姫の一言が愛子さんには相当響いたみたいね」


手を繋いで歩きながら操が言った。


「本当のことを言っただけだよ」


珠子が顔を上げて操を見る。


「愛子さんに悪い何かが感じられなかったんだもん」


「そうね。あなたの言う通りね。ところで姫、今もスカートはきつくないの?」


操に聞かれて珠子は恥ずかしそうに頷いた。


「うん。ウンチが出るって凄いね。あっ、ミサオ、このことはタカシに言わないで」

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