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元太のお祝いの日に(1)

珠子は全身が映る縦長の鏡の前で悩んでいた。オフホワイトの長袖シャツにピンク色のモヘアのベスト、ここまでは決まった。後はこの下にベージュに赤い小花柄のフレアースカートにするかデニムのミニスカートを合わせた方がいいのか、


「迷うなぁ」


思わず口に出した。

珠子の誕生日プレゼントに彼女の母の鴻が編んでくれたこのふわふわなベストを、今日は可愛く着こなして見せたいのだ。


「やっぱりフレアースカートにしよう」


ようやく決まったコーディネートに、足元はシロクマモチーフのソックスを履いて操のいるキッチンへ顔を出した。


「ミサオ」


「ん?どうしたの姫」


「じゃーん」


「あら、コウちゃんが作ってくれたベストね。よく似合ってるわよ」


「かわいい?」


「ええ、とっても。あとは食べこぼしだけ気をつけなきゃね」


「そうだった…」


珠子は食べることに夢中になると結構な確率で食べこぼしてしまうのだ。


「元太のスタイ借りれば」


操から、からかうように言われて


「いい!食べる時は自分のエプロンを着けるよ」


と、ふくれっ面の珠子だ。弟のよだれかけを借りるのは彼女のプライドが許さないのだ。


「タマコ、いるか」


孝が元気な声をあげてやって来た。


「おっ、可愛いじゃん」


珠子を見た孝が、触っていい?と聞きながらピンク色のベストを撫でた。


「なんかケーキ屋のプリンを触ってるみたいだな」


「ママの手作りなんだよ」


珠子は自慢気に言った。


「タカシ君、いらっしゃい」


「おばあちゃん、プリンのところにケーキを取りに行くんだろう。おれが一緒に行って荷物を持つよ」


「本当!助かる」


操と孝が商店街に行く話をすると


「私も行く!」


珠子は、操と孝の間に立って手を繋いだ。


「姫は一足先にコウちゃんのところに行って誕生日会の準備を手伝ってくれる」


操に言われて珠子ががっかりする。


「えー、せっかく可愛い格好をしたから、タカシとミサオとお出かけしたかった」


「タマコ、その格好で日を改めて一緒に出かけよう。今日は、おばあちゃんの言う通り、おまえのお母さんの手伝いをしてあげなよ。でも、服を汚すといけないからお母さんにその姿を見せたらエプロンを着けとけよ」


孝に言われて


「わかった」


珠子は素直に鴻の部屋で、操と孝を待つことにした。


鴻の部屋のインターホンを押して


「ママ、お手伝いに来たよ」


と、珠子が告げるとすぐに玄関扉が開いて


「珠子、入って」


元太を抱いた鴻が笑顔で出迎えた。


「ママ、見て」


珠子は玄関先でくるりとターンをして鴻に見せた。


「ママの編んだベスト、着てくれたのね。よく似合ってるわ。とっても嬉しい」


鴻は本当に嬉しそうだった。


「私のお気に入りだよ。ピンク色だし、ふわふわして柔らかくて大好き。ママ、ありがとう」


ママみたいに暖かいの、と珠子はベストをそっと触りながら言った。

そして持参した子ども用エプロンを鴻に見せた。


「ママ、ベストが汚れないようにエプロンを持ってきたから、これを着けてお手伝いするよ」


「ありがとう。お願いします。さ、あがって」




「おばあちゃん、昨日ショッピングモールで藍さんの知り合いを見かけたんだって?」


商店街に向かいながら孝が聞いた。


「そうなの。姫から聞いたの?」


いつ聞いたのだろうと思いながら操が言った。昨日は珍しく珠子と孝は顔を会わさなかった筈なのに。


「昨日の夜、おばあちゃんの名前でおれのスマホが鳴ったんだ。出たらタマコだった。長い時間は話せないけどって」


「まあ。きっと私がお風呂に入ってる間に私のを使ったのね」


「一日一回は声が聞きたいって言ってさ」


隣なんだから、いつでもこっちに来ればいいのにな、と孝は嬉しそうに言った。


「姫は恋する乙女ね。ところで藍の知り合いなんだけどね」


「海に泊まりがけで行った時、あいつのほっぺたが痣になるぐらいつねった人でしょう。あんなに柔らかいほっぺたをおもいきりつねるなんて考えられない。ムカつく!」


孝はその時を思い出して語尾を荒げた。そして慌てて付け加えた。


「ごめん。取り乱しちゃった。で、昨日藍さんの知り合いが何をしでかしたの?」


「うん、それがね、茜のことをつけてたの」


「藍さんじゃなくて茜さんを?」


「そうなの。なんか変でしょう」


「確かに。藍さんとその…」


「古沢礼奈」


「礼奈って人は仲直りしたのかな?」


孝が聞くと操は首を横に振った。


「私と姫が茜の傍に行って、つけられてるから気をつけてって話した時に聞いたらね、茜が言うには、あの旅行以来連絡を取ってないそうよ」


「今更、何なんだって感じだね」


孝が言うと、操は大きく頷いた。


「そこまで危険な雰囲気を感じなかったから、そのまま私と姫はその場を離れたんだけどね」


そんな話をしながら二人は商店街の中程にあるカフェ『ぶるうすたあ』のドアを開けた。


「こんにちは」


孝が言うとグレーの巻き毛が奥から跳ねるように飛び出してきてポンとジャンプした。彼は慌てて手を出し、ワンコをキャッチした。


「プリン、元気そうだね。バカっ、やめろ」


ベドリントンテリアのプリンが顎をあげて孝の顔をペロペロと舐めた。ひとしきり挨拶が終わると、プリンが首を傾げて孝を見た。


「タマコは来てないよ」


孝が言うとクーンと鳴いた。


「プリンにとっては、おれとタマコで一括りなんだな。タマコもおまえに会いたがってたよ」


とふわふわな毛並みを撫でながら、やっぱりあいつのベストみたいな手触りだなと孝は思った。

操はカフェの店主の江口カナから注文していたケーキを受け取った。


「これを楽しみにしている姉弟が待ってるから、またね」


と、話し好きの操が手を振って店を出た。

孝もプリンをそっと床に下ろし、後に続いた。

大きなケーキの箱を孝に持ってもらい、操は『吉田精肉店』で頼んでおいた和牛のローストビーフのスライスを受け取った。今日は大奮発だ。そしてアパートへと帰って行った。

『ハイツ一ツ谷』の敷地に着いた時、フェンスにしがみつくように建物を見ている女がいた。

古沢礼奈だ。

操と孝は顔を見合わせた。


「タカシ君、悪いけど私の荷物も持って、先にコウちゃんのところに行っててくれる」


操がローストビーフが入った袋を孝に持たせた。


「わかった。おばあちゃん気をつけて」


孝が建物の方に行くと、操は礼奈に向かって歩いて行った。

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