ショッピングモールにて
土曜日の昼近く、珠子は操と駅向こうのショッピングモールにいた。
「ミサオ、決まったの?」
「うーん。やっぱり服かな。あの子の暴れっぷりは服の洗い替えが必要よね」
ベビー用品を扱うショップで操は大きめな1歳児用の服を見ていた。
「元太には可愛いとかお洒落なデザインは必要ないんだね」
珠子が言うと
「そう」
操が肯きながらアップリケやフリルで飾られた服が陳列された棚を素通りして、プリント柄のTシャツと膝当てのついたパンツを広げて、これがいいかしらと考えていた。
元太の誕生日より少し早い明日の日曜日、操と珠子と孝と元太の母とで彼の1歳のお祝いをするのだ。珠子と孝は半紙に文字を書いたプレゼントが準備できているのだが、今日はまだ用意ができていない操の贈り物を選びに来たのだった。
「元太は他の子より体が大きいの?」
「そうね。しっかりした体つきだから、すぐに着られるものでもワンサイズ大きい方がいいわね」
「靴は?」
「一応サイズは聞いてきたけど、この間みたいにウチの庭だったら裸足で走り回りたいだろうから、今回はいいかなあ」
操は思案を巡らす。
「ねえ、ミサオ、1歳の私ってどんな感じだった?」
珠子が聞いた。
彼女はその当時の周りの出来事は記憶していたが、自分自身の状況はあまり覚えていなかった。と、言うより心に留めないようにしていたのだ。なぜなら、その時はまだ一緒に暮らしていた珠子の母親である鴻が大切に育ててくれながらも彼女のことを怖いと思っているのを感じ取ってしまったからだ。
「姫はね、それはそれは可愛かったわよ。もちろん今も可愛いけど。あなたはつぶらな瞳でね、好奇心旺盛だったからいろんなものに興味を持ってじっと見つめてたわ。あと、凄いおしゃべりだった」
操は遠い目をして思い出していた。
本当は母親の鴻に抱っこして欲しいのに、珠子は彼女が自分のことを僅かだが恐怖に感じているのがわかっていたので要求しないでいたのだ。操は、そんな珠子を不憫に思っていた。
「とにかく、私にとって姫が一番よ」
操にそう言われて、珠子は擽ったそうに微笑んだ。
そして1歳になる神波家の暴れん坊への誕生日プレゼントに肘当てのついたトレーナー三枚と膝当てのついたスウェットパンツ三本を可愛くラッピングしてもらった。
「姫、プリンでも食べようか」
贈りものを用意できてほっとした操が誘うと、珠子は一瞬嬉しそうな顔をしたが首を横に振った。
「ミサオ、私、最近美味しいものばかり食べて多分太ったかも。すらっとしたタカシと並んだらみっともないよね。本当はプリン食べたいけど」
色気と食い気の二刀流な珠子は悩んだ。
そんな孫娘を見て、操が聞いた。
「今履いてるスカート、きつくなった?」
「まだきつくなってない」
「姫は代謝がいいからプリンを一つ食べるくらい大丈夫よ」
「そうかなあ」
「そう思うけど…やめとく?」
「やっぱり食べる!プリンアラモードでお願いします」
まだまだ食い気の方が優勢な珠子だった。
フルーツパーラーに向かう途中で
「あれ、茜ちゃんじゃない?」
珠子はランジェリーショップで商品を見比べている茜を見かけた。頭の形が綺麗なのでベリーショートなヘアスタイルがよく似合っている。スレンダーな体型にダメージジーンズと赤い革ジャンがとてもセンス良く見えた。
「ひとりなのかしら」
操が声をかけようとすると、店の奥から友人と思われる女の人が現れて茜と何か楽しそうに話をしているので、
「姫、行きましょう」
珠子と手を繋いでそこから離れようとした。が、何かの気配を二人は感じてしまった。
さり気なく周りを見回す。
「ミサオ、あそこ」
茜がいるショップの陳列棚の陰から彼女のことをチラチラ見ている女の人がいた。
「ミサオ、あの人って前に海に行った時、藍ちゃんにべったりくっ付いていた人だ」
「バーベキュー中に姫のほっぺたを強くつねった人?」
「うん。藍ちゃんじゃなくて、なんで茜ちゃんのことを窺ってるんだろう」
「そうね。それになんか嫌な雰囲気を感じるわ」
「ミサオ、どうするの」
「そこまで危険な感じはしないけど、茜に一声かけておくか」
操は珠子の手を引いて、相手の視線を遮るように茜の前に立つと
「あら、お母さん。珠子ちゃんも」
偶然ねと茜が笑顔を見せた。
「本当。ここで会うなんてね。ところで茜、表情を変えずに私の話を聞いて」
操は小声で話をした。
「どうしたの」
茜も声のトーンを落とした。
「あのね、藍の知り合いの古沢礼奈って人、覚えてる?」
「ええ。前に藍と一緒にその人と電話で話したことがある。楽しい会話ではなかったけど」
「その人が今、この店内にいて茜のことを物陰から窺っているわ」
「どういうこと?」
「わからない。あなたに危害を加えようとする気配は感じないけど、一応気をつけて」
「わかった。ありがとう。ところで二人は買い物?甘いものを食べに?」
茜が聞くと
「両方です」
珠子が笑顔で答えた。
「そうか。私も友だちと買い物よ」
茜が顔をレジの方に向けた。
「それじゃね」
操は珠子とショップを出てフルーツパーラーへと向かった。
甘い匂いのする店内の席に座って、注文したものが届くのを待ちながら
「あの礼奈さんは何をしようとしてるのかなぁ」
珠子が首を傾げた。
「そうよね。茜に何の用があるのかしらね」
そこへプリンアラモードが運ばれてきたので、二人はそれに集中した。
「やっぱり美味しいね」
珠子は、自分が太っちゃうかもという悩みをすっかり忘れてプリンを口に運んだ。