珠子、試食する
「プリンちゃん、こんにちは」
商店街の中程にあるカフェ『ぶるうすたあ』のドアを開けて珠子と孝は、奥から跳ねるように走ってきたグレーのふわふわ巻き毛のワンコに挨拶をした。
ベドリントンテリアのプリンは珠子が大好きだ。そして孝に抱っこしてもらうのはもっと好きだ。
孝に抱かれて珠子に胸の辺りを撫でられご満悦なプリンを見ながら、ここの店主の江口カナが
「珠子ちゃん、孝君、いらっしゃい」
二人を迎えた。
「カナさん、こんにちは。今日は私の弟のバースデーケーキを注文に来ました。もう少ししたらミサオも来ます」
珠子が挨拶すると、カナが手招きしながら二人を奥の方に誘った。
「ここは珠子ちゃんと孝君とプリンの専用席だから座って」
と言われて、厨房横の小さなスペースに置かれた折りたたみ椅子に二人は座った。ここは店内がとても混み合う週末や祝日以外は、珠子と孝の指定席なのだ。
「新しいゼリーを作ったの。試食してもらっていい?」
カナが透明なカップに入ったカラフルなゼリーを持ってきた。
「きれい」
珠子がカップを持ち上げて店内の灯りの方を向いて透かして見た。ほんのり黄色いゼリーの中にカラフルな細かいゼリーがちりばめられて宝石のように輝いている。
「ベースはレモンゼリーで中に入っているのは苺とミカンとブルーベリーとペパーミントのリキュールをゼリーにして砕いたものなの。リキュールはアルコールは飛ばしてあるから、お子様が食べても大丈夫よ」
カナの説明を聞きながら珠子はスプーンですくってゼリーを食べた。
「うん。甘酸っぱい。お口の中でいろんな甘酸っぱい味がします。ちょっとスースーするカケラもレモン味と凄く合うと思います。でもスースーはもう少し薄い味の方が私は好きです」
正直な感想を言うと
「珠子ちゃん、商品のアドバイザーになってもらいたいわ」
カナが、これからも試作品の試食をお願いしますねと頼むと、珠子は恥ずかしそうに笑った。
「タマコは食いしん坊だから、そう言う役目にピッタリだな」
と、孝が彼の膝の上でくつろいでいるプリンを撫でながら言った。手を離すと、プリンが私に触っていてと言う目線を彼に送るので、ずっと撫で続けていた。
珠子はまだ手をつけられないでいる孝のゼリーをスプーンですくうと彼にアーンと食べさせてあげた。
「さっぱりしてて、美味しい」
「ね。美味しいよね。寒くなるとこってりしたご飯を食べるから、その後にこういうさっぱりデザートがいいかも」
タマコは最近お気に入りの操が作ったクリームシチューを食べた後にこのゼリーを味わうところを想像していた。
「おまえって、食べ物評論家みたいだな」
孝が苦笑いしながら珠子を見た。
暫くすると操が根菜と長ネギが入ったエコバッグを肩にかけて店内に入ってきた。
「カナさん、こんにちは」
珠子たちの姿が見えない店内を見回しながら、操が声をかけた。
「神波さん、こんにちは。いらっしゃいませ」
「ウチの姫と王子がお邪魔してると思うんだけど」
キョロキョロする操に
「珠子ちゃんと孝君は、奥の専用席にいます」
カナが二人のところに案内した。
「ミサオ、いらっしゃい」
珠子が手を振る。
「二人ともくつろいでるわね」
「おばあちゃん、プリンがおれの膝の上から動かないんだ」
太股で体を丸めてゆっくり寝息を立てているプリンを撫でながら孝が嬉しそうな顔をしている。
「ミサオ、さっきゼリーをごちそうになったの。シチューの後に食べたら絶対最高のデザートだったよ」
珠子の幸せそうな顔を見て、シチューの後のデザート…ね。今夜もシチューを食べたいってことかしらと操は思った。
「ミサオ、元太のケーキ頼んでね」
珠子が大きいのお願いと、わくわくした顔を見せた。
「はいはい」
操はベースのホールケーキとデコレーションのイメージと受け取り日時をカナに伝えると、
「そろそろ帰るわよ」
奥でくつろいでいる二人に声をかけた。
孝は名残惜しそうにプリンを床に下ろし、珠子は椅子を畳んで壁に立て掛けた。
操の隣に行くと
「ごちそうさまでした」
と、二人はカナにお礼を言った。
「こちらこそ、ありがとう」
お辞儀をするカナに手を振って三人はカフェを後にした。
孝は操のエコバッグを持って肩にかけると珠子と手を繋いだ。
吉田精肉店で購入していたものを操が受け取りみんなで家路についた。
「ミサオ、元太のお祝いは誕生日にするの?」
珠子が聞くと、
「三十日は平日だからちょっと早めて来週の日曜日にお祝いしましょう。タカシ君もその日は空けておいてね」
と操が二人に言った。
「はい」
孝は、エコバッグから野菜を取り出しながら返事をした。
「ミサオ、カナさんの作ったゼリーがすっごく美味しかったの」
珠子が試食したゼリーを思い出しながら、
「シチューの後に食べたら絶対合うよ」
と言うので
「さっきカナさんのお店でも言っていたわね。ここにそのゼリーがないから、今夜はシチューじゃないおかずでいいわよね」
操がお伺いを立てると
「えーっ、ゼリーはないけど今夜もシチューでいいよ」
珠子が言った。
彼女は気に入ると毎日同じメニューを食べたくなるらしい。
ミルク感のあるシチューに飽きた操は孝に耳打ちした。
そして、孝が珠子に言った。
「タマコ、今度おれにおまえの作った肉じゃがを食べさせてよ。そうだ、元太の誕生日会に食べられたら嬉しいな」
すると珠子は操に向かってお願いした。
「今夜はシチューじゃなくて、肉じゃがを一緒に作ってください」