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芝生を裸足で

「ミサオ、昨日食べたシチューはまだあるの?」


幼稚園からの帰り道、珠子は操を見上げた。

昨夜二人で作った具だくさんのクリームシチューが凄く美味しかったのだ。珠子はおかわりをしてお腹がぽこっと膨らむぐらい堪能したのだが、今日幼稚園の給食を食べていた時、また食べたくなった。因みに今日の給食のメニューもクリームシチューだった。それを食べながら、やっぱり昨日のシチューが食べたいなぁと思った珠子であった。


「姫が食べるぐらいは残ってるわ」


「じゃあ、シチュー食べる!」


「わかったわ。シチューとおにぎりにしましょう」


「はーい。やった!」


珠子は操と手を繋いだままスキップをした。

アパートに戻ると二階の通路から


「珠子!お義母さん!」


鴻が手を振っている。


「ママ!」


珠子が顔を上げて手を振り返した。


「これから元太と庭に行くの」


そう言うと、鴻は手を繋いだ元太とゆっくり階段を下りて来た。

元太は鴻と同じように前を向いて下りている。


「あの子ったら階段の下り方凄いわね。まだ1歳にもなっていない赤ちゃんの脚力やバランス感覚じゃないわ」


操は感心し、


「元太、本当に凄い。私が1歳の時って歩くこともできなかった」


珠子は羨望の眼差しで見つめた。

鴻と元太が最後の一段を下りて、操と珠子のもとに行くと


「おかえりなさい。お義母さんのところから庭に出てもいいかしら」


「もちろんよ」


101号室の玄関扉を開けて


「さ、入って」


操が促した。

鴻と元太が部屋にあがると、珠子は二人の靴を持って後に続いた。

操が南側の掃き出し窓を開けて、珠子が


「はい。どうぞ」


と言って、フラットシューズと小さな靴を並べて置いた。


「ありがとう」


鴻が先に靴を履き、元太にも履かせようとすると


「あーあー、きゃあーきゃあー」


大きな声を上げて裸足で芝生に飛び出した。


「元太待って」


鴻が靴の踵を踏みながら後を追う。

建物の南に面したこの芝生の庭は、道路と接する部分を1メートル程の高さの垣根で囲っているので敷地の外には出られなくなっている。だが、元太の動きは予測ができず走り出すとかなり遠くまで行ってしまうのだ。先の方には104号室の杉山直子が美しく整えた二坪程のガーデニングスペースがある。小さな怪獣・元太がそこで暴れたら大変だ。

珠子は通園バッグや帽子や制服や靴下を脱ぎソファーに投げるように置くと、裸足で元太を追いかけた。彼があまりにも楽しそうに芝生の上を走り回っているので、珠子も真似したくなったのだ。ちょっとだけチクッと感じる芝生の感触が心地良い。


「元太、待って」


元太を追いかけるフリをして、珠子は走り回った。そんな姉の姿を見て元太はこちらに向かって来た。

そして、


「たあー、たあー」


と言いながら珠子に体当たりした。

まだ1歳になっていないのに、元太のパワーは圧倒的だった。珠子は受け止めようとして後ろにひっくり返ってしまい、そこに元太は乗っかる形になりながら珠子の鼻の穴に指を入れようとする。


「元太!やめてぇ!」


珠子が笑いながら叫んだ。


「元太ダメよ」


鴻が急いで暴れん坊を抱き上げた。元太は人さし指を伸ばしたまま


「たあー、たあー」


と珠子を呼んだ。


「珠子、びっくりしたでしょう。元太は今、小さな穴に指を入れる事にハマってるの。公園に連れて行った時、蟻の穴を見つけて指や爪の先を泥だらけにして喜んでたのよ」


まだ腕を伸ばし珠子の鼻の穴を狙っている元太をしっかり抱えながら鴻が珠子の方を見てゴメンねと言った。


「元太はパワフルだね。大好きだよ!」


珠子は鼻に指が届かないように後ろから元太を抱きしめた。


「たあー、たあー」

元太の声が更に大きく響いた。

すると、


「なんか楽しそうだな」


学校から帰ってきた孝が出てきた。

孝のことが大好きな元太は


「たあー、たあー!」


両手を伸ばした。


「タカシ、おかえり」


珠子から元太を受け取った孝は


「ただいま。なんか元気なタマコの顔を見てほっとした」


このところ元気のなかった彼女が、おもいっきり笑っているのを見て嬉しくなった。


「元太は姫もタカシ君も、たあーって呼ぶのね」


操が言うと、


「源ちゃんのことは『ぱあー』で私は『まあー』、お義母さんのことは『ふぁー』って言うんです」


鴻が、最近元太が覚えた言葉を自慢気に言った。操の『ふぁー』はまだ『ばあーば』と言えないので、そう呼ぶらしい。

大好きな珠子と孝に挟まれてご機嫌な元太は


「たあー!たあー!」


かなり遠くまで聞こえそうな声で嬉しさをアピールした。

そんな子供たちを見つめながら


「コウちゃん、元太の誕生日、お祝いするでしょう」


操が聞いた。


「はい、元太と二人でやろうと思ってます」


「何を言ってるの。私たちもお祝いするわよ」


「でも、あの子は暴れてじっとしてないので、みんなに迷惑をかけちゃうので」


「元気な証拠でしょう。姫とタカシ君がプレゼントを用意してるのよ」


「そうなの!」


鴻が嬉しそうに声を上げた。


「ケーキを買ってコウちゃんの部屋でお祝いしましょう」


操が言うと、はい、と元気よく鴻が返事をした。

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