【すみっこ噺─1】僕はノッシー
今回はサイドストーリーです。
僕はリクガメである。
因みに自分が「私」ではなく「僕」だとわかったのは飼い主のところに来て大分経ってからだ。
僕は、ホルスフィールドともヨツユビともロシアとも呼ばれているリクガメだ。
僕が生まれたのはおそらくだけどユーラシアの乾燥地帯。実のところ、かなり曖昧ではある。そもそも世界のどの辺りにいたのかなんて考えた事などない。自分の目の前に広がっているのが僕にとっての世界で、どの辺りもへったくれもないのである。
ところで世間は僕のことをあまり頭が良くない、と言うか馬鹿だと思っているようだ。
確かに、考えたり悩んだりすることは殆どない。ま、そういうフリをすることはあるけどね。後先気にせずに本能で行動をするし、どうやって日本にやって来たのかもわからない。でも、まぁ良いかと思う。
気づいた時にはまあまあ居心地のいいところでくつろいでいたしね。
そこは、何かが入った透明な四角い入れ物がいっぱい並んでいる所だったんだ。
ここに連れて来られるまでは、乾燥した荒れ地にいて、探しても探しても食べられるものになかなかありつけなかった。でも、今は美味しい葉っぱや綺麗な水がすぐ傍にある。寒くなったら、ホットスポットに行くと暖まることができる。
前にいた荒れ地では、生まれて間もなくて体の小さかった僕は大きな生き物に攻撃されそうになって、岩場の陰にずっと隠れていたりした。でも、今いるこの入れ物の中にはおそらく僕と同じ、いや、僕より小さなヤツがいくつかいるだけだ。
かなり平和である。せいぜい揉めるのは、葉っぱを食べる時のポジショニングぐらいだろう。
ただ不思議なのは、僕が見ている景色の方に向かっても何かにぶつかってそこには行けなかったのだ。どの方向も、ある程度進むと何かにぶつかる。
見えないものに囲まれているのか…
そう思うことにした。まあ、あまり深く考えない。その方が気楽である。
二日に一度か三日に一度、僕は何者かに甲羅を掴まれ温い水の中に入れられる。
僕は泳ぎを知らない。でもじっとしていたら沈んでしまう。苦しいので手足をめちゃくちゃに動かす。首を伸ばして鼻の穴を何とか水面に出す。
その時、僕の尻尾からしゃーっと何かが出た。その後、もりっと塊も出た。
ああ、スッキリした。
ん?なんか思い出したぞ。
ここに来たばかりの頃、僕は今いる入れ物よりずっと小さなケースの中で暫くひとりで過ごした。
変な病気や菌を持っていないか様子を見るためのようだった。つまり隔離されたのだ。
そこでは、ごはんの葉っぱと共に薬を食べさせられた。
それまでは、尻尾から出た塊には白い糸のようなものが蠢いていた。ぎょう虫だ。僕のお腹にはコイツがいたのだ。だから薬でぎょう虫を退治した。もう、僕のお腹はキレイである。
そして、隔離が終わって僕は今いる入れ物に入ったのだ。
限られた空間ではあるが、のんびりザクッザクッと歩き回り、葉っぱを食べ、爆睡する。実に平和だ。
ある時、何かと目が合った。
それは、かなり大きな二つの生き物だった。
ずっと僕を見ている。なんだよ。喧嘩を売る気なのか?
僕は受けて立たないよ。
だって勝ち目がなさそうだもん。
二つの生き物は、僕の入れ物以外にも、いろいろと見て回っているようだった。
時々僕を温い水に入れる生き物と接触し、三つの生き物が僕の入れ物の前にやって来た。
そして──
今、僕は、今までとは別の入れ物の中にひとりでいる。
目の前に広がる景色も変わった。
たくさんの透明な四角い入れ物は無くなった。下の方には茶色が広がっていた。土ではなく、ふろーりんぐという物らしい。
大きな生き物がやって来た。
ここに来る前にいた所で、僕を温い水に入れた生き物と一緒にこちらをを見ていたヤツだ。
僕はとりあえず身構える。
そいつは僕の目の前に緑色の物を置いた。
あっ、葉っぱだ!
ここは僕ひとり。全部食べていいの!
う、美味い!新鮮な葉っぱだ。パリッ、シャキッとしている。
もうひとり、大きな生き物が何かを持って、葉っぱにかぶりつく僕の前に立った。コイツもあの時一緒にいた生き物だ。
おい、これは僕のだ。おまえにはあげないぞ。
僕が食べ終わるのを待っているのか、二つの大きな生き物は動かずにこっちを見ていた。
葉っぱを全部食べ終えると、後から来た大きな生き物が、何かを僕の目の前に置いた。初めて嗅ぐ匂いだ。悪くない。勇気を出してかぶりついた。甘い!甘い!甘い!美味しい!それはりんごという物だった。
僕は目の前にいる二つの大きな生き物が好きになった。
僕は頭があまり良くないが、好きになったのが「カシワ」と「ヒイラギ」という生き物なのを理解した。そしてこれが僕の飼い主なのだ。
少しして、飼い主とは別の生き物が僕を覗くように見ていた。こいつは、カシワやヒイラギより小さい生き物だ。それでも僕よりは少し大きい。
そいつは「タカシ」という生き物だった。
そして、このタカシも美味しい葉っぱをくれた。僕は完食して腹ごなしに、入れ物の中をぐるぐると歩いた。タカシは、それをじっと見ている。
カシワとヒイラギとタカシが集まった。
タカシが何かをカシワとヒイラギに伝え、みんなで頷いた。
そして、ヒイラギが僕に向かい口を動かした。
「おまえ、今日からノッシーだよ」