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珠子、新年の信念(1)

「お餅ぷーっと膨らんできた」


珠子がオーブントースターを見つめて声をあげた。


「姫は柔らかい方がいいのよね」


操は小さな鍋にお湯を沸かした。

チン、とトースターのタイマーが切れると雑煮用の汁に程よく焦げ目のついた切り餅を四つ入れる。操の作る汁は、かつおだしベースの醤油味で鶏肉・蒲鉾・椎茸・小松菜・大根・人参入りだ。

お湯の沸いている小鍋には一切れの餅を六等分に切ったものを入れて焦げを落としながら柔らかくする。

小振りのどんぶり二つに雑煮をよそって細かく切った柚子を散らした。小さな椀には、お湯に潜らせて柔らかくなった一口サイズの餅を入れて汁をかけた。


「姫は柚子を乗せる?」


「今年は挑戦する」


できあがった雑煮ををダイニングテーブルに運ぶと、柏が既にできあがった状態で日本酒をちびちびやっていて、


「おっ、雑煮来たー」


小どんぶりを両手で包むように持つとズズーッと汁を飲んだ。


「カシワ行儀悪い」


操が(たしな)める。

珠子が座ったところで


「いただきます」


操と珠子が言うと、柏が赤い顔で


「いただいてます」


と言いながらペロリと平らげた。


「おかわりするんなら、お餅焼くけど」


「まだ飲むから、雑煮はごちそうさま。乾き物でいいから何かある?おせちは甘い味付けが多くてさ」


「冷蔵庫のチルドに刺身が入ってるから食べていいわよ」


操はそう言いながら黒豆を上手に箸でつまむ。


「姫、お餅、大丈夫?」


「うん。よく噛んで汁と一緒にごくんするから。小松菜のしんなりしたのが好き。柚子がいい匂いだよ。ミサオのお雑煮とってもおいしいよ」


「そう、よかった」


『ハイツ一ツ谷』の101号室は、こんな感じで元日を過ごしていた。

刺身の皿を持ってきた柏に操が聞いた。


「あんたは初詣行かないの?」


「うん。俺はこうやってだらだら飲んでるのが最高だね」


「カシワ君、ヒイラギ君はどうしたの?」


「あいつは彼女と初詣。その後、向こうの親御さんに会うらしい。その内、母さんのところに連れて来るんじゃない」


「あら、それは楽しみ」


操が笑った。珠子は柏を見る。


「カシワ君、私も初詣行きたいな」


「えっ、もう酔っぱらっちゃったから今日はゴメン。明日でよければ行こう」


「じゃあ明日行く」


「わかった」


「そろそろ郵便配達も来たかしらね。ポストを見てくるわ」


操が立ち上がり上着を羽織った。


「俺たちのも持ってきて」


「はいはい」


操が部屋を出て行った。


「ねえカシワ君、ヒイラギ君結婚するの?」


「さあな。この間ちょこっと挨拶したんだけど結構可愛い人だったよ」


「カシワ君は彼女いないの?」


「タカシとおんなじことを聞くね。あいつにも言ったんだけど俺はみんな大好きだから一人に絞れないの」


「ん?結局彼女はいないってこと?」


「おまえ、本当タカシと同じ。おまえら気が合うんだな」




翌日の午前中、柏と珠子は町内の氏神様が祀ってある神社へお参りに向かった。

珠子はクリスマスプレゼントのシロクマのリュックを背負ってご機嫌だ。

操も行くと言っていたが疲れた顔をしていたので家で休んでもらうことにした。

神社の境内は結構な人出で、柏は珠子の手をしっかり握った。

お参りを済ますと、珠子はおみくじをひいた。


「どうだった」


柏がくじを覗き込む。


「おっ、吉か。まあまあじゃない。タマコに関係のあるのは、学業…努力すれば良い結果がでる、健康…健やかに過ごせる、待ち人…やがて来る、だって」


「あそこの木の枝にくじを結びつけたところを津田さんが撮影したの。これも結ぶ」


珠子が柏の手を握りおみくじを結びつける木に引っ張って行った。柏は珠子が枝に結べるように抱き上げた。


「撮影の時はどうやっていたの?」


「私、かなり高さのある台に乗ったよ」


「そうか」


二人が話をしていると、


「あら、お嬢ちゃんフリーペーパーの表紙の子?」


お参りに来ていた女の人たちから声をかけられた。珠子はどう答えればいいのかわからなくて柏を見た。

柏は微笑んで軽く頷きながら、珠子の手を引いてその場を後にした。


「やっぱり表紙になる子って可愛いのね」


後ろから女の人たちの声が聞こえて、珠子は、ちょっと恥ずかしくなった。


「おまえも、すっかり有名人だな」


柏が珠子を見ながら微笑む。

二人が神社を後にする時、多くの参拝者とすれ違った。と、珠子が立ち止まる。そして振り返った。


「どうした」


柏が珠子を見た。


「カシワ君、境内に戻っていいかな」


「どうした」


柏はもう一度聞いた。


「この間のクリスマスカードを書いたって言うか、文字を切り貼りした人がいた」


「ええ、まじか。おまえ、すれ違っただけでわかるのか?」


「うん。その人わざと、わかるように気を発散させていたの」


「おまえ、どうするつもりだ」


「できれば、会って話をしたい」


「それは危ないんじゃないか」


「カシワ君がいてくれるから大丈夫だよ」


「いや、やっぱり危険だ」


「いいから、一緒に来て」


珠子は柏の手を引っ張ると参拝に来た人混みに向かった。




「いた。カシワ君、あの人だよ」


珠子が見つめたのは、お参りを済ませ、社務所に向かう細身の女の人だった。

柏はこっそり写真を撮った。正面ではないが顔立ちと全体的な感じは収められたはずだ。


「カシワ君、私の手を握っていてね」


「もちろんだ」


二人は、その人に向かって歩き出した。

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