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月美の匂い

「タカシ、おはよう」


頭の上の方から聞き馴染みのある声がする。

ゆっくりと目を開けると、珠子がベッドからこちらを覗き込んでいた。


「ふはーっ。おはよう。早起きだな。トイレに行きたいか?」


「まだ大丈夫。なんか目が覚めちゃった」


珠子が体を起こしてベッドからゆっくり下りた。孝も起き上がり、床に敷いた布団に二人で並んで腰を下ろし、ベッドに背中をもたれた。


「ちゃんと寝れたか?」


「うん。タカシの匂いがしたから、安心してすぐに寝れた」


珠子に言われて孝が照れる。


「そうか。ならいいや」


「ミサオは元気になったかな」


「昨日よりは良くなってるさ」


「そうだよね」


「今日は、お母さんがタマコを送って行くと思うよ」


「うーん。少し早いけどタカシと一緒に行くのはダメかな」


「家を出る時間が結構違うから、難しいかな」


孝の返事に珠子は俯いた。


「そうか。そうだよね」


あまりにも肩を落とす珠子を見て、孝は思わずこう言ってしまった。


「帰りなら、もしかしたら幼稚園に寄れるかもな。ちょっと待ってもらうかも知れないけど」


「ホント!」


ぱっと花が咲いたような笑顔を見せた珠子に、可愛いなと思いながらも、自分が迎えに行けるかわからないので


「タマコ、やっぱり迎えに行けるか約束はできないや。ごめん」


孝が素直に謝る。


「わかってる。タカシにはタカシの予定があるもんね。私を喜ばそうとしてくれて、ありがとう」


珠子は、ふてくされることなく寂しそうに笑った。

あいつにまた気を使わせちゃった…孝の心が痛んだ。

彼女は立ち上がると、


「トイレに行ってくる」


孝の部屋を出ていった。

残された彼は深いため息を吐いて、床に敷いた布団を畳んで片づけた。

キッチンを横切った珠子の姿を見た月美が


「珠子ちゃん、おはよう」


声をかけると、コクンとお辞儀をしてトイレに向かった後ろ姿は、泣いてるように見えた。

そして戻ってきた珠子に、月美が膝をついて両手を広げると


「珠子ちゃん、ちょっとこっちに来て」


彼女を呼び寄せぎゅっと抱きしめた。一瞬驚いたものの珠子は月美の首根っこにしがみ付いた。

操とも鴻とも違う、孝に似た匂いがした。


「こんなことをしたら、鴻さんに怒られちゃうかも知れないけどあなたをこうやって抱きしめたかったの」


月美はそう言いながら暫く珠子を抱きしめた。


「あったかい」


珠子は、月美の体温と匂いを感じて心の中まで暖まった。


「おや、月美、俺にも」


キッチンに顔を出した柏が、両手を広げてこちらに迫って来た。


「だめ。今は珠子ちゃんとハグをしていたいの」


月美に断られて柏ががっかりする。

そんな夫を横目で見ながら、月美は珠子を抱きしめたまま耳元ではっきり伝えた。


「珠子ちゃん、なんの遠慮もいらないのよ。私たちは家族でしょ」


「うん」


月美は抱きしめた腕を緩めて珠子と顔を見合わせた。


「だから、お腹にいろんな思いをため込まないで話してちょうだい」


「うん。昨日、寝る時にタカシにも言われた。もっと甘えて欲しいって」


「そうよ。甘えて欲しいわ」


「月美さん、ありがとう。あの…甘えていい?」


「いいわよ。なあに?」


「もう一回ぎゅっとして」

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