孝のところでお泊まり
「いつも、お義母さんと一緒に寝てるんでしょ」
月美が聞くと、珠子は頷いた。
「今、様子を見てきたんだけど」
操の部屋から戻った月美は
「珠子ちゃん、今夜はこっちで休みましょう。パジャマや着替えを預かってきたの」
と言って、服などが入った紙袋を見せた。
「ミサオ、お熱下がってた?」
「ええ、昼間より大分下がってたわ。今夜ぐっすり眠れば明日はかなり調子が戻ってくるんじゃないかしら。もし、回復してないようなら私が付き添ってお医者さんに見てもらうわ」
月美は紙袋から取り出した小さな服をハンガーに掛けながら、珠子を見た。
「珠子ちゃん、大丈夫よ。お義母さんはすぐに元気になるわ。さっきも温かいそーめんを、ここだけの話だけどね二束分ペロリと完食したの」
話の最後の方を小声で言った月美に、珠子は少し笑顔を見せた。
暫く経って夜七時を回った頃
「ただいま」
玄関から声がして柏が姿を見せた。
「お帰りなさい」
月美と孝と珠子が声を揃えた。
「おっ、タマコ。ウチの子になったか」
柏がからかうと、
「柏君」
月美が彼の目を見て顔を横に振った。
「ん?どうした」
「お義母さん、熱を出して寝込んでいるの。珠子ちゃん、今夜はここで休んでもらおうと思って」
月美の話に
「母さんは見かけによらずデリケートだよな」
ニヤける柏を孝が引っ張って奥に連れて行った。
「なんだ、どうしたよ」
「お父さん、タマコはおばあちゃんが体調を崩したのは自分のせいだと思ってるんだ。それですっかり落ち込んでてさ」
「なんであいつは、そんなふうに考えるんだ?」
「あいつ、おばあちゃんは自分と同じで体力がないのに、暑い時も大雨の時も毎日送り迎えをしてくれて草臥れちゃったんだって、申し訳ないって言うんだ」
「バカだなぁ。そんな訳無いだろう」
「だけど夏休みが始まってすぐに、休み明けには一人で通えるようになろうとして、あいつは勝手に幼稚園に向かって結局道に迷って迷子になって大事になったじゃない。タマコってさ、口では大人びたことを話したりワガママなことを言ったりしても本当は凄く相手のことを考えてるんだよ」
「確かに異様なくらい気を使おうとする時がある」
「おれさ、タマコがあいつのママに対して、特に気を使ってるのが凄くわかるんだ」
「鴻ちゃんに対して?」
「うん。べったりくっ付いて甘えたいのに、その行為はママを怖がらせてしまうって。そのかわりに、おばあちゃんに甘えているみたいだよ。だからそんなおばあちゃんが体調を崩すと、自分が頼り過ぎているせいだって思っちゃう」
「バカだな」
孝の話を聞いて柏が呟く。
「ホント、バカだよ」
孝も呟いた。
「タカシ」
柏がこちらをじっと見る。
「なに?」
「タマコを護ってやれ」
そう言う柏を孝が見返す。
「わかってる。当たり前だよ」
孝の部屋。
珠子は孝のベッドに、孝はその横の床に布団を敷いて横になった。
「タカシ、またタカシをベッドから追い出しちゃった」
「そんなこと気にすんな。電気消すぞ」
「うん」
常夜灯の薄暗がりの中、孝はベッドの方を向いた。
「タマコ、おれのこと好きか?」
「大好きだよ」
「おれもおまえが大好きだ」
「うん」
「おばあちゃんも、おれのお父さんもお母さんも、もちろんおまえのママもパパも、おまえのことが大好きだ。だから、もっとみんなに甘えて欲しいんだ」
「甘えてるよ、私」
「おまえってさ、甘えながらも相手に迷惑をかけてないかとか、自分が我慢しなくちゃいけないとか考えて、悩んだり落ち込んだりしてるよな」
「だって、タカシやミサオが私のために無理をしてたら申し訳ないもん」
「そんなことを言うなよ。おれたちはタマコが大好きだからできる限りおまえのためにやれることをしてやりたいって思ってる。だけど、できる限りだ。無理はしてないし、できないことはやらない。だから申し訳ないって思わなくていいんだ」
「うん。ねえタカシ、おばあちゃんは明日にはいつもみたいに元気になるかなぁ」
「お母さんが様子を見に行って大丈夫って言ってたじゃん。だから元気になるよ」
孝の声は、いつも珠子を心安らかにさせた。