衣装と月美のお迎え
「珠子ちゃん、おはよう」
朝、ばら組の教室に着いた珠子は大沢賢助から声をかけられた。
「おはよう。賢助君、ドリブル上手くなったの?」
「うん。佐助兄ちゃんは教えるのも上手いんだ。相手にボールを取られないように前に進むコツを教えてもらった」
賢助は嬉しそうに、彼の従兄弟の佐助からサッカーボールの捌き方を習ったんだと得意気に話をした。
「そう言えば孝兄ちゃんが抱っこしてたワンコ、可愛いかったね」
「あの子はプリンちゃんって言うの。あそこのお店の看板犬なんだよ」
「知ってる。孝兄ちゃんがそう言ってた。プードルなの?」
「違うの。ベドリントンテリアって種類のワンコだよ」
「ベド…ベド…難しい名前のワンコだね」
「プリンちゃんでいいんじゃない。私も今たまたま一息に言えたけど、いつもはつっかえてちゃんと言えないよ。賢助君もあのお店に行けばプリンちゃんに会えるよ」
二人が土曜日に商店街の『ぶるうすたあ』の前で会った時の話をしていると、
「プリンちゃんの話してるの?」
永井葵が話に加わる。
「葵ちゃん、おはよう」
「おはよう。珠子ちゃん、賢助君。プリンちゃんがどうしたの?」
「葵ちゃん、ベド…なんとか犬のプリンちゃんを知ってるの?」
「うん。商店街の喫茶店にいるワンコでしょう」
三人は教室の端の方で、いつものようにブロックで車や建物やケーキを作りながら話をした。
「そう。おれさ土曜日、商店街の向こうの公園に行こうとして、従兄弟の佐助兄ちゃんと歩いてたら、珠子ちゃんがいて、隣で孝兄ちゃんがプリンちゃんを抱っこしてたんだ。そのワンコが行儀良く座っていて、ぬいぐるみみたいだったんだよ」
触ったら毛がふわふわで柔らかくて手触り最高だったなぁと賢助が幸せそうな顔をした。
「珠子ちゃんは、しょっちゅう孝君とお出かけしてるの?」
葵の問いに、珠子はコクンと頷く。
「いいなぁ。羨ましいなぁ」
「だって、タカシは私のカレシだもん」
「いいなぁ」
葵は心からそう思った。
「そう言えば、クリスマス会の劇の準備がそろそろ始まるね」
賢助が別の話題を振る。
「劇って何やるの」
幼稚園に通うようになって初めてのクリスマスを迎える珠子は、クリスマス会と言う響きにワクワクした。
「去年は三匹の子ぶたのクリスマスバージョンをやったんだよ」
葵が珠子に言った。
「賢助君はレンガの家の子ぶたをやったんだよね」
「そう。おれはオオカミに壊されない頑丈なお家に住んでる子ぶた役。葵ちゃんの天使が改心させたオオカミと家を壊された子ぶたたちと、みんなで仲良く暮らしました。めでたしめでたしって劇だったんだよ」
クリスマス会にぴったりのハッピーエンドなんだよねと賢助は笑った。
「今年は何の劇をやるのかな」
葵が、十一月になると劇の準備が始まるのと言う。
「随分早くから練習するんだね」
珠子は正直な感想を言った。
「練習って言うか、衣装を用意しないとならないから、早めの準備が必要なんだって」
「衣装は幼稚園で用意してくれないの?」
「うん。服はママとかパパが作るの。背景とか部屋とかは、みんなで作るんだよ」
「そうなんだ。ミサオはお洋服なんて作れるのかなぁ。お裁縫は苦手って言ってたんだけど」
珠子は、操が自分のズボンの裾上げが上手くできないと嘆いていたのを思い出した。
「あんまり難しくない衣装の役をやりたいな」
「去年の葵ちゃんの天使、凄く可愛かったな。ふわっとした白いドレスに、羽なんて飛べそうなくらい本物っぽかった」
「賢助君、本物の天使を見たことがあるの?」
「天使に会ったことはないけど、絵本に出てくる天使によく似ていたよ。って言うか、そうだ、お花の妖精にそっくりだった」
「ママがいろいろ調べて作ってくれたの。パパなんて私に手を合わせて泣いちゃったんだよ」
葵の天使の姿が可愛すぎて、彼の両親はクリスマス会の帰りに写真スタジオに寄ってプロに写真を撮ってもらったのだった。
「へえ、本格的なんだね」
珠子は、やはり作るのが難しくない服で演じられる役に立候補しようと思った。
お帰りの時間、珠子が操の迎えを待っていると
「珠子ちゃーん」
月美が手を振ってこちらに歩いてきた。
「あれ、月美さん」
「神波さん、こんにちは。初めまして。操さんからご連絡いただいてます」
中山ヒロミ先生が珠子の隣で月美に挨拶をした。
「初めまして。珠子ちゃんの叔母の神波月美と申します。今後も彼女のお迎えに伺うことがあると思いますのでよろしくお願いします」
と月美も挨拶をして、珠子と手を繋いだ。
正門に向かいながら
「月美さん、ミサオはどうしたの?」
珠子が聞くと
「ちょっと熱があるみたいでね」
月美の返事に
「朝は元気そうだったのに、具合が悪かったんだ」
珠子は、やはり毎日の送り迎えは祖母である操に負担をかけているんだなと申し訳なく思った。
「月美さん、ご迷惑をおかけします」
ちょこんと頭を下げた珠子に
「何を他人行儀なことを言ってるの。私は珠子ちゃんを娘みたいに思っているのよ。こんなことを鴻さんに聞かれたら睨まれそうだけどね」
月美は本当に思ってることを伝えた。それを感じ取った珠子は花のような笑顔を見せた。
「月美さん、とっても嬉しい」
「それに珠子ちゃんが孝のお嫁さんになったら、私、本当におかあさんでしょう」
月美がウィンクすると珠子は頬を紅くした。
小学校の門の前を通ると珠子は校舎の方を見つめた。
「孝は日直お仕事があって帰りが遅くなるみたい」
「そうか。ざんねーん」
「私はあなたの小さくてぷくっとした手を握れて嬉しいわ。孝がいると取られちゃうから」
月美にそう言われると珠子は擽ったい気持ちになった。
「月美さん、十一月になると幼稚園はクリスマス会にやる劇の準備をするんだって」
「そうなの。どんな劇をやるのか楽しみね」
「うん。私、初めてのクリスマス会だし劇だから、ワクワクしてるんだけど、役が決まったらその衣装は自分たちで用意しなくちゃならないの。ミサオはお裁縫が苦手だから簡単な衣装でいい役をやろうと思ってるの」
俯く珠子に
「何を言ってるの。衣装は私に任せて!どんな役のでも珠子ちゃんが可愛く舞台で輝いて見えるものを作るわよ!私に是非作らせて」
月美が任せなさい!と言う。
「やったぁ!それじゃ目立つ役に立候補しよう」
とっても嬉しそうな珠子の顔を見ながら、鴻さんごめんなさい、今私は彼女のお母さん気分を満喫させてもらってますと、思いながら月美は珠子と繋いだ手を振って歩いた。