珠子のカメと孝のリクガメ
「これがノッシーみたいになるの楽しみだな」
珠子は何かを想像している。
「姫、まさかとは思うけど、この植木鉢の塊がひび割れてリクガメみたいになったら、歩き出すなんて思ってないよね」
操が聞いてみた。
「えっ、ノッシーみたいに歩けるんじゃないの?」
珠子は驚いた顔をする。
「ノッシーと一緒に歩くところが見られると思ったのに」
がっかりした珠子に
「これは植物だからこの土の上でずっと成長するの。でもね亀みたいに冬眠ならぬ夏眠をするらしいわよ。大切に育てようね」
操が優しく諭した。
「タマコ、ノッシーは一人でいるのが好きなんだって。自分以外に似た姿の雄がいると、もの凄い喧嘩をするんだってさ。お父さんが言ってた。それぞれの場所で育つのが良いんだよ。その代わり、おまえとおれが両方のカメを見ればいいんじゃない」
孝の話に操が頷く。
「姫、こことタカシ君のところを行き来する理由が一つ増えたじゃない」
「そうだよ。タマコは、万華鏡とノッシーを見にウチに来ればいいし、おれはこの亀甲竜の様子を見におまえのところに行く。まあ、そんな理由が無くても会いに行くけどな」
孝は話の後半を少し恥ずかしそうに言った。
「うん。わかった。この子は歩かないのね」
「そうよ。芽は出るけど足は出ないわよ。代わりに根っこが伸びて土の中でしっかりこの塊を支えるの」
操が珠子の頭を撫でながら話し、それを聞きながら彼女は植木鉢をじっと凝視する。そして植木鉢の正面に座り込んだ。
「タマコ、どうした?」
「この子、芽が伸びてる」
「ん?」
「朝見たときより真ん中の紫っぽいやつが長く伸びた!」
珠子が宣言するように言った。
「そうなの、おばあちゃん」
孝が珠子の隣に座りながら、操に確認する。
「確かに。私が朝起きてすぐは昨夜とあまり変わってなかったけど、今改めて見ると一センチぐらい伸びてるわね」
操も、短い時間に成長してることに驚いた。
「雅さんが、これからどんどん伸びるって言ってたけど本当ね」
「ねえ、この子をずっと見ていたら、芽が伸びる瞬間が見られるかな」
珠子は目を見開いて植木鉢の塊をじっと見つめる。
「タマコ、瞬きもしないで見たら目が乾燥して悪くなるよ」
「タカシ君の言う通りよ。それにそんなに見つめたら、きっとこの子は恥ずかしがって茎を伸ばすの止めちゃうかもよ」
二人に言われて、珠子は目をパチパチさせた。
「でもおばあちゃん、この亀甲竜だっけ…これの塊の部分っていつ頃からひび割れてくるの?」
「結構時間がかかるかもね。私、思い出したの。前に姫と雅さんの部屋にお邪魔したことがあって、彼女の育てている植物を見せてもらったの」
操は顔を上に向け、記憶の引き出しをあちこち開けるように考えた。
「うん。前に204号室にあがらせてもらったね。そうしたら窓の傍に大きな棚があって、そこに葉っぱの植木鉢がいっぱい並んでたね。そうだ!ジャガイモみたいなのから可愛い葉っぱが伸びてたね」
珠子も雅の部屋の一角を思い出した。
「そういうのもあったわね。それで、たくさんの塊根植物の中に、この子よりもかなり大きな亀甲竜があったわ。それは大きな松ぼっくりみたいな感じにひび割れて外に反り返って、まるで大きなリクガメの甲羅みたいだった。ああなるためには、かなり時間をかけて世話をしているんでしょうね」
「まだまだ、この子はリクガメっぽくはならないんだね。タマコ、一緒に世話をしようぜ」
「うん。毎日この子を見に来てね」
珠子は絶対だよと孝に念を押す。
「みんなで気長に大切に育てましょう。ところでお昼は何食べる?」
操が壁の時計を見る。
「おれは、お母さんが用意してるから戻る」
孝が立ち上がると、珠子が慌てる。
「タカシ帰っちゃうの」
「うん」
「月美さん、何を作ってるのかな。ミサオも同じのを作れるかなぁ」
珠子は孝を引き止める手がないか必死に考えた。
「姫、私は月美さんと同じものは作れないし、もし作れたとしてもタカシ君はカシワのところに戻るわよ」
そもそも月美さんと同じレベルのものなんて無理無理と操が首を横に振る。
「タマコとおばあちゃん、ウチに来る?」
あんまり珠子が寂しそうな顔をするので、思わず孝は口走ってしまった。
「行く!」
間髪入れずに珠子が返事をする。
「ダメよ。姫はここでお昼ごはんよ。あなたのリクエストにできるだけ応えられるようにするから。タカシ君、一旦帰りなさい」
操から背中を押されるように孝は玄関へ向かった。珠子が目に涙を溜め泣きそうな顔でこちらを見ている。可愛いなと思いながら孝は言った。
「タマコ、お昼を食べ終わったらこっちにおいでよ。今度はノッシーに会いに来な」
「うん。わかった」
あっという間に笑顔になって珠子が頷いた。
その表情の変化を見て、なんかこいつスゲーなと驚く孝だった。




