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珠子のところに亀?が来た

日曜日の朝、少しゆっくり目を覚ました珠子はパジャマのままキッチンに行こうとした。キッチンへは芝生の庭に面したリビングのソファーの傍を通る。

いつもと同じ動線なのだが、キッチンに行きかけて珠子は足を止めた。


「ん?」


あれ?昨日までと何かが違う。

くるっと振り向いてソファーの辺りを見る。

ローテーブルの上に小さな植木鉢が置かれていた。

昨日の午前中は、そこで孝に教えてもらいながら元太にプレゼントするために墨で文字を書いていた。午後は商店街から帰ってソファーに座り、孝と冷たい麦茶を飲んだ。

その時はテーブルの上に何も無かった。

夜、操のベッドで寝る時も、ここを通ったがテーブルには何も乗っていなかったと思う。


「ミサオ」


珠子はキッチンに走った。


「おはよう、姫」


ミサオが笑顔を珠子に向けた。


「おはよう。ねえ、ミサオ」


珠子が聞こうとすると


「気がついた?」


と、操が返してきた。


「うん。小さい植木鉢」


頷く珠子を伴ってソファーのところに行く。

ローテーブルに置かれていたのは、緑色の細い棒がU字に曲げられ逆さに土に挿して持ち手が付いたように見える小さな植木鉢だった。


「これなあに?植木鉢の上にあるのは梅干しの種?」


珠子が首を傾げる。

植木鉢の中ほどに茶色い三センチぐらいの丸いものが半分ほど土に埋まっていた。そこの天辺から何かがちょこんと顔を出している。


「うふっ。殻付きのクルミにも見えるわ」


面白いわねと操が微笑む。


「昨夜ね、姫が寝た後に相沢(あいざわ)さんがここへ来たの」


昨日の午後九時過ぎ、『ハイツ一ツ谷』の204号室の住人である相沢(みやび)が操の部屋を訪ねて来たのだ。その手には小さな植木鉢があった。

彼女は根元がぷくっと膨らんだ植物、コーデックスと呼ばれる塊根植物を趣味で育てている。その殆どは専門サイトから通販で購入しているようだ。仕事で日中は留守にしている雅に代わって宅配された植物を操が預かったことが何度かあった。

土曜日着で、新たに塊根植物が届いたと雅は操に話をした。

そして、


「大家さん、この子をもらってくれませんか」


彼女が植木鉢を差し出す。


「雅さん、どうしたの?」


「注文した五種類の子たちが今日届いて、段ボールの中を確認したら、六鉢入っていたんです。納品書と私のパソコンの注文画面を確認したら、この子を二つ頼んじゃったみたいで」


「注文数を2にしちゃったってこと?」


「はい。私のミスなので返品するわけにもいかないし、でも、この子たちを置く棚も結構キツキツで置き場所が無いので、もし迷惑でなければこの子をもらってください」


雅は鉢を強引に操に持たせた。


「私、こういう植物を育てたことが無いんだけど難しいんじゃないのかしら」


「大丈夫だと思います。この子は涼しくなる頃から成長を始めるので、これから茎を伸ばして葉が繁ります。育て方の説明をプリントしたので一度目を通してください」


雅はプリントアウトした紙も操に渡した。


「結構高価な植物なんじゃない。塊根植物ってお高いって聞いたわよ」


操は高額な植物だと育てるもの緊張するなぁと思った。


「大きなものはかなり値が張るんですけど、これは凄く小さい株なので結構安かったんです。なので気楽に面倒を見てあげてください」


「そうですか。それじゃありがたくいただきます。頑張って大事に育てます」


「これからハートの形の葉っぱが出てきます。可愛いですよ。茎が伸びてきたら、この緑色の棒に朝顔みたいに巻き付けてください」


「わかりました。孫と一緒に育てます」


「よろしくお願いします。それじゃおやすみなさい」


雅はお辞儀をして帰っていった。

小さな鉢の植物と育て方が記された紙を手に、操は小さくため息を吐いたのだった。


「ミサオ、この梅干しの種、私たちでお世話するの?」


「そうよ。梅干しの種じゃないけどね」


「なんてお名前?」


珠子の問いに


「これは」


操はこの植物と一緒にもらった紙を見ながら


「これは亀甲竜(きっこうりゅう)っていう植物ですって」


「キッコウ…」


「キッコウリュウ」


「亀の甲羅の竜。この梅干しの種みたいなのが大きくなるとひび割れて、亀の甲羅みたいになるんですって。その上の方に何かが出てるでしょう」


「うん。小さい何かが見える」


「これが、これから伸びるみたい」


「まだ赤ちゃんなの?」


「そうね。これからこの芽が成長してハート型の葉っぱが出てくるみたいよ」


「ハートの葉っぱなんてロマンチックだね。早く出てこないかな」


珠子は夢見るような目線を植木鉢に送った。


「でもこのちょこんと出てるの、緑色じゃないね。紫って言うか焦げ茶って言うか元気がなさそうに見える」


珠子が人さし指で突こうとする。


「姫、そっとしておこう。もっと伸びたら色が変わるかもしれないわ」


操が慌てて珠子の行動を制すると


「朝ごはんを食べたら、この育て方を一緒に確認しよう。とりあえず光と風が大事らしいから窓を開けてるけど寒かったら言ってね」


と言いながら、キッチンへ向かわせた。


「うん。ねえミサオ、今朝のごはんはなあに」




朝食を終えた珠子は、顔を洗い歯を磨いて着替え身支度を調えると


「タカシを呼んでくる」


と言って、跳ねるように外へ出ていった。

そんな彼女を見て、操は子犬みたいねと笑顔になった。

珠子は咳払いを一つして、インターホンを押した。


「おはようございます。タカシいる?」


元気よく言う。

ガチャッと玄関扉が開いて


「そろそろ、こんにちはだよ。タマコ」


孝が顔を見せた。

珠子はこんにちはと言い直して


「タカシ、ちょっとウチに来て」


孝の手を取った。


「どうしたの?」


「あのね、ウチにキッコウ…キッコウ…キッコーマンがあるの」


「醤油ならおれのところにもあるよ」


孝が笑うと


「違うの。大きく育つとノッシーみたいになる葉っぱがあるの!」


珠子が大きな声で言った。


「大きくなるとリクガメになるのか?」


「そうだよ。だからタカシに見せたいの。ね、ウチに来て」


「わかった」


孝は奥に向かって隣に行ってくると伝えると、珠子に手を引っ張られながら操の部屋へ行った。

手を引かれたまま、昨日習字をしたソファーのところに行くと、ローテーブルに置かれた小さな植木鉢を見た。


「これがリクガメになるのか?」


孝が不思議そうな顔をする。


「タカシ君いらっしゃい」


操が姿を現し、彼の目線を確認した。


「これがキッコーマンだよ」


珠子が得意気に言った。


「タカシ君これね、亀甲竜って植物なの。大きくなると、このクルミの殻みたいなのがひび割れて亀の甲羅みたいになるんですって」


操がさっきじっくり読んだ育て方に記された内容を話した。


「これがノッシーみたいになるの楽しみだな」


珠子は何かを想像しながら楽しそうに目の前の鉢植えを見つめた。

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