プリンと一緒に
商店街の中程に、カフェ『ぶるうすたあ』はある。
店の前にはベンチが置かれ、今、そこには美味しそうにプリンアラモードを口に運ぶ珠子と、プリンという名のベドリントンテリアを抱っこしている孝の姿があった。
操と一緒にこの商店街に来た二人は、操からこのカフェで買い物が終わるまで待っていてと言われたので、ここを訪れたのだった。
店の扉を開けた途端、看板犬のプリンが二人に向かって跳ねるように走り寄り、孝に向かってジャンプした。孝は反射的にプリンを抱き上げると、奥からここの店主の江口カナが顔を出した。
「珠子ちゃん、孝君、いらっしゃい。相変わらずプリンは孝君に甘えてるのね」
孝に抱っこされて満足気な愛犬プリンを見ながらカナが笑う。
「カナさん、こんにちは。プリンアラモードを食べに来ました。操は買い物が終わったら、こちらに顔を出すって言ってます」
珠子が礼儀正しく話すと、
「了解しました。今、席が空いてないから悪いけど店前のベンチに座ってもらってもいい?」
カナが恐縮しながら言った。
「大丈夫です。プリンが大人しくしてるので抱っこしたままベンチに座ってもいいですか」
孝がカナからOKをもらうと店の前に座り、二人と一匹は店の前で看板キッズ&ドッグとなって、そこを通る人々の気を引いた。
プリンは孝の膝の上にちょこんと座り、たまに顔を上げて彼の顎や口元をペロペロ舐める。それを見た珠子がわざと口の回りに生クリームをつけて、プリンの傍に顔を寄せた。淡いグレーの巻き毛をしたプードル似のワンコはそれを綺麗に舐め取る。
「タカシと間接キッス」
珠子が嬉しそうに言うと
「バーカ」
孝が照れる。なんだか微笑ましい。
フルーツサンドを食べながら
「おばあちゃん、大丈夫かなぁ」
孝は操のことを心配した。
商店街の入り口にある『吉田精肉店』の前で、大きな声を出して怒鳴っている男がいて、困っていた肉屋の女将さんに操が助け船を出しに行ったのだ。
「ミサオは平気だよ」
珠子は自信を持って言う。
「私たちのおばあちゃんだもん」
「そうだな」
プリンアラモードとフルーツサンドを食べ終えて、二人は目の前を行き交う人々をぼうっと見ていた。
通行人も、こちらをチラッと見ながら通り過ぎて行く。休日のせいか親子連れが多い。商店街の先に大きな公園があるので、そこに向かっているようだ。
「珠子ちゃん!孝兄ちゃん!」
大沢賢助が二人を見つけて走り寄る。サッカーボールを抱えていた。
「賢助君」
珠子が立ち上がって手を振った。
「賢助君、こんにちは」
孝は膝の上のプリンを気遣い、座ったまま挨拶をした。
賢助のすぐ後ろから、中学生ぐらいの少年がやって来た。
「賢助、友だちか?」
少年が聞くので
「そう。よくおれが話してるだろう。同じばら組の珠子ちゃんと、珠子ちゃんの従兄妹の孝兄ちゃん」
賢助は二人を紹介して
「こっちは、おれの従兄弟の佐助兄ちゃん。中学の部活でサッカーをやってて代表選手なんだぜ」
珠子と孝に自分の連れを自慢気に紹介した。
「これからドリブルを教えてもらうんだ。ねえ孝兄ちゃん、この子飼ってるの?」
賢助が、孝の膝の上に行儀良く収まっているプリンを見つめた。
「違うよ。このお店の看板犬なんだ。なんか、おれに懐いてるんだよ」
と言いながら、孝はプリンの胸を撫でた。
「へえ、可愛いね。グレーの毛って珍しいよね」
賢助は触っても大丈夫かなぁと思いながら、孝が撫でていた胸元に恐る恐る触れた。
まるでぬいぐるみのようにプリンは大人しくじっとしている。
「うわーっ、柔らかい毛だね」
賢助は嬉しそうにプリンを見た。
「賢助、そろそろ行こうぜ」
佐助に言われて、賢助は手を振りながら公園の方へ向かって行った。
「プリンちゃんは、本当にお利口さんだね」
珠子が顎の下辺りを撫でると、お利口な看板犬は気持ち良さそうに目をつぶった。
それから間もなくして
「姫!タカシ君!お待たせ」
操がトイレットペーパーとティッシュペーパーをぶら下げてやって来た。
「ミサオ、ご苦労さまです」
珠子がベンチから立ち上がると、操を孝の隣りに座らせた。
「ミサオ、何か食べる?注文してくるよ」
「ブラックのアイスコーヒーが飲みたいわ」
操が言うと、孝も立ち上がった。
「おれが注文してくる。そろそろプリンもカナさんに返さなきゃ。タマコ、食べ終わった器を持ってきて」
孝と珠子は店内に入って行った。
ベンチに残った操の周りを涼しい風が通り過ぎて行く。
「やっと秋らしくなってきたわね」
操はゆっくり深呼吸した。
「おばあちゃん、お待たせ」
珠子と手を繋いだ孝と、アイスコーヒーを持った江口カナが店から出てきた。
「神波さん、お待たせしました。コーヒーをお持ちしました」
カナから紙のカップを受け取ると、
「カナさん、お会計ここでもいい?この子たちの分も一緒に」
操が尋ねた。
「お代は、孝君から頂戴しました」
カナの返事に操が孝を見た。
「お父さんが、おれのスマホにお小遣いを入れてくれたんだ。タマコにおごってあげなって」
「まあ。じゃあゴチになるわね、タカシ君」
「うん」
孝は満足気に頷いた。
「珠子ちゃんと孝君とプリンが看板になってくれて、おかげさまで凄くお客様が入ってくださったんです。これ、お礼です。お家で召し上がってください」
カナは感謝を伝えて、クッキーのたくさん入った紙袋を操に渡すと
「店前で申し訳ないんですけど、ごゆっくりなさってください」
お辞儀をして店に戻っていった。
コーヒーとクッキーの袋を持った操の両隣に、ティッシュペーパー抱いた珠子とトイレットペーパーと抱えた孝が座り、三人は気持ち良さそうに秋の空気を堪能した。