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珠子のクリスマスイブ

十二月二十四日の朝、操と鴻と珠子は昼からの集まりに向けて料理の準備に大忙しだった。


「珠子、この中身をこうやってしっかり混ぜて」


大きなスプーンを珠子の左右それぞれの手に持たせると、鴻がその手を握って、大きなボウルに入った茹でブロッコリーとハムと潰したゆで卵にドレッシングをかけたものを底から持ち上げるようにしっかり混ぜ合わせる。


「わかった。こんな感じ?」


キッチンで手伝う時用の踏み台に乗った珠子が一人でやって見せた。


「そうそう、上手。こぼさないようにね」


「うん」


「お義母さん、そろそろテーブル出していいですか」


「お願い。あとプレゼントの確認も頼みます」


「はい」


白身魚をマリネしたものにラップをして冷蔵庫にしまうと、操は調味液に漬けておいたチキンを玉ねぎやじゃがいも、香味野菜とともにオーブンにセットする。

今年のクリスマス会は、柏と柊の小さな友人の山口孝と、何者かわからない人物に狙われているため殆どここの敷地から出ていない珠子のために、少し賑やかにおこなうことにしたのだ。


「コウちゃん、ケーキの引き取りは何時ごろ?」


「十一時に取りに行きます」


「よろしくね」


サラダを混ぜていた珠子がボウルの中を操に見せる。


「ミサオこれでいい?」


「完璧。ラップをして冷蔵庫に入れてもらっていいかな」


珠子は操の指示通り上手にラップをかけて台から下りると冷蔵庫にしまった。

そうやって(せわ)しなく支度をしているアパートの外の郵便受けスペースに、ポスティングをする人が部屋数分のそれぞれのポストに様々なチラシを差し込んだ。

昼になり、午後から休暇を取った柏と柊が孝を連れてアパートに帰ってきた。ポストスペースに寄って柊が自分と操のところに届いた郵便物とチラシを取り出すと、自分たちの部屋へ持っていった。

届いたものを仕分けしてると、宛先と差出人が記されていない『かんなみたまこさま』とだけ印刷物を切り貼りした封筒があった。


「カシワ、ちょっとこれ」


「どうした」


柏が柊の差し出した封筒を見た。


「またか。いったい何なんだよ」


「母さんにそっと渡しておく」


「そうだな。タマコに見られないように」




インターホンを鳴らし、


「母さん、入るよ」


柏たち三人が操のところにやって来た。

扉を開けると、珠子が玄関で出迎えた。


「タマコ、メリークリスマス!」


「うん。カシワ君、ヒイラギ君、タカシ君いらっしゃい。上がってください」


柏が孝を連れて奥へ入った。柊はキッチンの操の隣に行くと


「母さん、ポストに入ってた。防犯カメラを確認したんだけど、郵便配達とチラシポスティングのおじさんしか映ってない」


例の封筒を渡した。


「ありがとう」


操はそれをエプロンのポケットにしまった。


「さて、そろそろ始めましょうか」


スライスしたローストビーフの大皿を手に操がみんなのところへ顔を出した。

大きなテーブルの真ん中に華やかなデコレーションのクリスマスケーキを置いて、周りにローストチキン、珠子が頑張ったブロッコリーのシーザーサラダ、三種類のミニトマトサラダ、鯛のカルパッチョ、チーズの盛り合わせ、具だくさんのクリームシチュー、出来たてのローストビーフ、宅配の寿司盛り合わせ、籠に盛られた小振りのみかんが所狭しと並べられた。


「母さん張り切ったなあ」


柊が笑う。


「飲み物、みんな持った?カシワはウーロン茶ね」


操がグラスを手にした家族たちをぐるっと見ると声をあげた。


「月美さんと茜と藍はこっちに来るのにもう少し時間がかかるそうなので、一足先に始めましょう。みんな、メリークリスマス!」


「メリークリスマス!」


乾杯をして、みんなわいわい始めた。


「タカシ君、たくさん食べてね。食べたいのを取ってあげるよ」


操が取り皿を孝に渡した。


「大丈夫です。自分で取れます」


孝が箸を持った。


「姫は、取り分けようか」


「私も勝手に取るから大丈夫だよ」


「じゃあ、私はケーキを切ってくるわね」


操は大きなケーキを一回退場させた。しばらくすると、銘々皿に切り分けられたケーキを乗せて配って回った。


「お義母さんもお料理いただきましょう」


鴻が倚子を引いて操に座ってもらう。

孝の口の横に付いたケーキのクリームを


「タカシ君、ちょっとじっとしてて」


珠子がティッシュで拭き取ってあげた。


「あ、ありがとう」


孝が頬を火照らせて礼を言った。


「おっ、タカシたちラブラブだな」


二人の様子を見ていた柊がからかった。


「な、何だよ、ヒイラギ」


上擦った声をあげた孝の頭をがしがし撫でて


「ゴメン」


柊が笑いながら謝った。

しばらくして操が立ち上がり奥に引っ込むと、両手にラッピングされたピンクとブルーの袋を持って戻ってきた。


「サンタさんから預かった物があります。タカシ君と姫に渡して欲しいと頼まれました」


そう言って、操は孝にブルー、珠子にピンクの袋を手渡した。


二人はリボンをほどいて袋の中身を出した。


「おれの欲しかったスニーカーだ!」


足を入れてみると厚手の靴下をはくと丁度いい大きさだった。


「おばさんどうもありがとう」


孝が満面に笑みで礼を言った。


「私じゃなくてサンタさんからよ。姫はプレゼント何だったの?」


「私のはね、シロクマのリュック!」


背負ってみると珠子の肩に白熊が手をかけておんぶされているように見えた。


「嬉しい。サンタさんありがとう。これ背負ってお散歩行きたいな」


珠子が興奮気味に言った。

それを見ていた大人たちは少し悲しげに笑った。


午後五時を回ったころ、茜たちが仕事を終えてやって来た。


「ヤッホー!メリークリスマス!」


「三人とも、お疲れさま。お腹空いたでしょう。早く席に着いて」


操がグラスと取り皿をを持ってきた。


「あんたたち用にチキンとシチューを温め直してるからちょっと待ってて」


月美のところに孝がスニーカーを持ってきた。


「おかあさん、これサンタさんからもらったよ」


「えっ、これ欲しいって言ってたのじゃない。サイズも気持ち大きめで長い間履けそうね。操さん、いいんですか」


月美が恐縮する。


「私じゃないわよ。サンタさんからの贈り物だから」


「ありがとうございます。いろいろ良くしていただいて」


「いいから、食べて食べて」




午後九時を過ぎるころには、テーブルのごちそうも殆ど無くなりクリスマス会はお開きになった。茜と藍は自分たちの部屋へ戻り、月美と孝は柏が送っていった。

珠子はソファーで寝てしまったので毛布を掛けてそっとしておいた。

操と鴻と柊が片付けを済ますと、


「お義母さん、楽しかったし美味しかった」


「こちらこそ、たくさん手伝ってもらって助かったわ。ありがとね。それじゃおやすみ」


「コウちゃんおやすみ」柊が玄関まで送った。


「おやすみなさい」


鴻が部屋を出ると、柊は操の傍へ戻った。


「昼間渡した封筒、確認しようぜ」


「そうね」


操はエプロンのポケットから取り出した封筒を開封した。中には二つ折りのクリスマス用グリーティングカードが入っていた。

開くと、聖夜に天使が飛んでいるイラストのメッセージスペースにチラシか何かの文字を切り貼りして『はやく いなくなれ』と記されていた。


「なんなんだよ。腹が立つ」


柊が右手をグーにして左の掌に叩きつけながら言った。


「私はどうしたらいいんだろう」


操は肩を落とす。


「なあ、ここの入居者さんは大丈夫なんだよな」


「ウチは不動産屋を介してないから、私がしっかり面談させてもらって契約をしたのよ。私、ある程度相手の心の内を読むことができるから、おかしな事を考える人はいないはずなんだけどね」


操がため息をつく。最近すっかり弱気になってしまい、操の真骨頂である肝っ玉ぶりはすっかり影を潜めてしまった。


「タマコが生まれた辺りって言うか時期が気になるんだろう」


「そうね」


「こんなこと考えたくないが、疑いを排除するために整理しよう。タマコが生まれてから入居した人は?」


「205号室の金子咲良ちゃんが二年前、208号室の高田涼君も二年前、203号室の日暮満(ひぐらしみつる)さんが三年前、106号室の秋川保子さんが四年前、107号室と207号室の久我さん親子が四年前ってところかな。元々このアパートが建って六年だものね」


「とりあえず六人の入居者さんかあ」


「でも最近、日暮さん以外は話す機会があって、特に気になることは無かったわ」


操がこのところの出来事を思い出しながら言った。


「だから、ここに住んでいる人たちに悪い人はいないって言ったんだよ」


いつの間にか目を覚ました珠子が言い放った。


「タマコ、お前、俺たちの話を聞いていたのか」


「うん」


「そうよね。入居者さんに失礼よね」


操が反省する。


「うん。それに私、そのお手紙の人わかったかも」


テーブルに置かれていた封筒とカードをじっと見つめて、珠子が言った。

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