お父さんのバックハグ
「ミサオ、ただいま」
「ただいま。おばあちゃん」
珠子と孝が植物園から戻ってきた。
「二人ともお帰りなさい。タカシ君、姫につき合ってくれてありがとう。さあ、あがって」
操が出迎えると
「一度自分のところに戻って、また来ます」
孝は柏のもとへ帰っていった。
「姫、デートは楽しかった?」
手を洗ってキッチンのテーブルの席に着き水出し緑茶を美味しそうに飲んでいる珠子の隣に座り、操が聞いた。
「うん。とっても。タカシったら私と家族になれたらいいなって」
頬を紅くして嬉しそうに珠子が言った。
「えーっ、プロポーズ!おマセさんね」
「えへへ。それはね、そういう話をするきっかけがあったんだよ。あのね、タカシがスカウトされたの、フードコートで」
「オフィス・カレンの人ね。タカシ君をスカウトしたのは」
操の話に、珠子は目を丸くした。
「ミサオは、離れたところの出来事も感じとれるの?」
「まさか。電話をもらったの。そこの社長さんから」
「桐山さんから?」
「そう。ウチのスタッフが、お邪魔してすみませんでしたって」
「そうか。だけど、これからもタカシはスカウトされそうだよね。最近どんどん格好良くなってるもん」
「そうね。結構、目を引くわね、彼」
「なんか、遠くに行ってしまいそうだな」
珠子は不安気な顔をする。
「こんにちは。勝手にあがっちゃった」
孝がキッチンに顔を出した。
「いらっしゃい。さ、ここに座って」
操は椅子から立ち上がり、そこに孝を座らせた。
操の温もりが残る椅子に座った彼は鼻をムズムズさせて、クシュッとくしゃみをすると
「もしかして、おれの噂をしてた?」
珠子と操を見た。祖母と孫娘は顔を見合わせて、うふっと笑った。
「タカシがスカウトされた話をしてたの」
「なんだ、そんな話か。おれには全く関心の無いことだよ」
孝がつまらなそうな顔をすると
「違うのよ。その後にあなたの思いを姫が聞いたって話をしていたの」
操が冷たい緑茶のグラスを彼の前に置いた。
「タカシはカシワ君みたいになりたいんだよね」
珠子が隣の孝を見る。
「そう。おれさ、小さい頃、お母さんが働きに出て独りぼっちだったし、貧しかったからいつもお腹が空いてて本当に辛かった。でも、お父さんの子どもになって、おれ、凄く気持ちがあったかくなってさ、タマコもおばあちゃんも傍にいてくれて、とっても幸せなんだ。このまま時間が止まったらいいのにって思ってる」
「もうぅ、タカシ君たら」
操は思わず孝を抱きしめようとしたが、珠子がそれは私の役目と言わんばかりの目線を送ってくるので
「ねえ、姫」
と言って一歩引いた。
「タカシ、私、ずっと傍にいるよ」
珠子は体を孝の方に向けて真面目に話した。
「うん。そうだったら嬉しい」
はにかみながら孝が言う。
「カシワは幸せね。こんなにいい子の親になれて。私もあなたのおばあちゃんになれて幸せだわ」
操は孝の代わりに、自分で自分を抱きしめた。
「おれ、お父さんが目標でさ。お父さんが大好きなんだ」
孝が言った途端、後ろからギュッと抱きしめられた。
「タカシ、そんなこと言われたら、俺、嬉しすぎて泣いちゃうよ」
操の部屋にそうっとやって来て、息子の気持ちに感激した柏は思わず彼を抱きしめたのだ。
「お、お父さん、いつ来たんだよ!やめて!恥ずかしいよ!」
孝は自分の気持ちを知られたのと、ハグをされたことに顔が真っ赤になった。