珠子の少し早いクリスマスプレゼント
神波柏は小松菜を洗って、リクガメのケージ前に持ってくると小学生の友人、山口孝に渡した。
「タカシ、ノッシーにごはん、あげて」
「うん。ノッシー、ほら、食べな」
孝の手から元気なリクガメが、はぐはぐと小松菜を勢いよく食べている。
「今日はヒイラギ出かけたの?」
「あいつ、デート」
「え、ヒイラギ彼女いるの」
「いる。奴は口は悪いけど男気あるし気持ちは優しいし結構男前だからな」
「カシワは彼女いるの?」
「俺は博愛主義者だから」
「どういう意味?」
「みんな大好き」
「は?」
「一人に絞れない」
「なあーんだ、つまり彼女はいないって事でしょ」
「ま、そういったところだ。タカシ、お前はどうなんだよ」
「おれは女子なんて眼中にないよ」
「ウチのタマコはどうよ」
「べつに」
そう言いながら孝の顔が紅くなった。
「ふーん。ところで二十四日空いてるか」
「なあに」
「母さんがクリスマス会をやるからタカシを誘うように言われた。来れるか?」
「うん。でも、おかあさんに聞いてから」
「そうか。多分、茜や藍が月美さんに話をしてるんじゃない」
「うん」
その時、インターホンから操の声がした。
「カシワかヒイラギいる?」
「いるよ。開いてるから入って」
そして、操と珠子が部屋に入って来た。
「あら、タカシ君こんにちは」
「こんにちは」
孝は操に挨拶して珠子の方を向いた。
珠子もこちらをじっと見て
「タカシ君こんにちは」
とちょこんと頷くように頭を動かすと、
「うん、どうも」
孝は目を泳がして上擦った声をあげた。
ちらっと柏を見ると、後を向いて肩を振るわせている。絶対笑っている。柏の背中を睨み付けた孝に操が声をかけた。
「タカシ君、二十四日、お昼に私の所ところに遊びに来てね。おかあさんも仕事が終わり次第来てくれるから」
「はい。おじゃまします」
少し緊張気味に孝は返事をした。
「母さん、何か用事があるんだろう」
「そう。情けない話なんだけど、クリスマスツリーのセットを去年押し入れの一番上の棚に仕舞ったんだけどさ、五十肩で腕が上がらなくって、ちょっと手伝ってくれない」
操の頼みに柏が笑って
「六十肩でしょ」
と訂正しながら、孝を見た。
「おまえも手伝って」
「うん」
ノッシーを残して、四人は操のところへ移動した。
戸を開けた押し入れの前に小さな脚立が立ててあったが、柏がそれを畳んでどかすと、手を伸ばしてそこそこ大きい箱を引っ張り出した。
「ありがとう、助かったわー。背が高いと脚立いらないのね」
「まあね。タカシこれ向こうに運べるか」
孝の身長と変わらない大きさの箱を孝に抱えさせた。
「おばさん、どこに持っていけばいいですか」
聞かれた操は珠子を見た。
「姫、教えてあげて」
「はい。タカシ君こっちにお願いします」
箱を抱えた孝は珠子の後をよろよろ付いていった。部屋の南側の隅の方まで運ぶと
「カシワ、これどうするの」
孝は箱を開けた。
「木の部分を組み立てるんだ。一緒にやるか」
組み立てた樅の木もどきを立たせると柏は珠子を見た。
「タマコ、タカシと飾り付けして。勝手がわからないだろうからタカシに教えてやって」
珠子は頷くと二人でツリーにオーナメントを飾り始めた。
「ライトはカシワ君が巻き付けてよ」
「はいよ」
LEDライトとカラフルなメタリックのモールをツリーに巻いて、孝が天辺に星を付けて完成した。
「母さん他に何か手伝うことあるか?」
「買い物に付き合ってもらえると助かるけど」
「構わないよ。タカシはどうする」
「おれ、ノッシーと留守番してるよ」
「そうか。それじゃ俺のところに戻ろう。母さん、車の鍵取ってくる」
柏たちが出て行き、操と珠子はダウンジャケットを羽織り、マフラーを巻いて準備した。
十分後、操と珠子は柏の運転する車に乗っていた。
「コウちゃんの車借りられてよかったよ。俺の車、チャイルドシート付いてないから。タマコってさ普段話をしてるとお子様だってこと忘れちゃうんだよね」
柏がハンドルを握りながらサイドシートの操に言った。
「カシワありがとね。私たち二人だけで外出するのがちょっと怖くてさ」
「相変わらずおかしな事が起きてるの?」
「茜から連絡もらったんだけど、ウチのフェンスからアパートをずっと見てた女の人がいたって。この間は久しぶりに駅のところのカルチャーセンターに行ったんだけど、その帰りに姫が何かを感じたみたいでね。警戒して外出できないのがもどかしいし腹立たしいわよ」
「何とかならないのかな。タマコはさ、外に出ていろんなものを見たり触ったり経験したりしないとな」
「本当そうよ」
「俺でもヒイラギでも体が空いてれば付き合うからさ」
「うん、よろしく頼みます」
スーパーマーケットでは操がカートを押して、柏が珠子の手を引いて歩いた。
「カシワ君、ちょっと見たいものがあるんだけど付き合って」
「ああ、いいよ。母さんいいかい」
「うん。姫を頼むね」
珠子は柏を引っ張って行く。
「何が見たいんだ?」
「あのね、ミサオが凄く疲れてるの。多分あまり眠れてない。体が休まる何かないかな」
珠子が真剣な眼差しで柏を見た。
「そうだな。母さんって頑張り屋で弱さを見せないからな。そうだ、レンチンして瞼を温めるアイマスクみたいのがあったよな。雑貨コーナーに行ってみるか」
「うん」
二人は目当ての物がありそうなところへ向かった。クリスマスシーズンなので普段より可愛いものやお洒落なデザインのものが陳列されていたので、珠子はいろいろ見くらべて選んだ。
今年もらったお年玉が入ったがま口から珠子が支払いをしようとしたが、柏がその前に会計を済ませてしまった。
「カシワ君、私からのプレゼントだから私が払いたかった」
珠子がほっぺたをぷーっと膨らませた。
「タマコが心を込めて選んだことが大事なんだよ。サービスカウンターで包装してもらおう」
「うーん、わかった。カシワ君ありがとう」
珠子は柏を見上げてニッコリ笑った。
クリスマス仕様のラッピングをしてもらったプレゼントを持って、操のところへ戻った。
「母さん食材は揃ったの?」
柏がカートの中を覗き込んだ。
「そうね、今、まるごとのチキンと牛の塊肉を用意してもらってるの。受け取ったらレジに行くわ」
アパートに戻って、大量の食材を操の部屋に柏が運び込んだ。
「タマコまたな。じゃあな母さん」
「助かった、ありがとね。これタカシ君に」
柏は操からプリンを受け取って自分の部屋へ帰った。
操が生鮮食品を冷蔵庫にしまっていると、
「ミサオ、これみんなクリスマスの料理の材料なの?」
珠子がカゴから食材を操に渡しながら聞いた。
「全部じゃないけどね。夜に下味を付けて準備するから姫も手伝いお願いね」
「うん。わかった」
買ったものを全てしまうと操はお茶を淹れてソファーに腰を下ろした。
「あーさすがに疲れたわ」
首をぐるぐる回しながらお茶を啜った。
珠子がそっと隣に座った。
「操、三日早いけどクリスマスプレゼント」
深い緑色の袋に鮮やかな赤と金色のリボンで装飾された包みを操に渡した。
「え、何なに!開けていい?」
包みを開けるとヒツジの形をした平べったいぬいぐるみのようなケースにレンチンする保温材が入っているものだった。
「ミサオは私のせいで、ちゃんと眠れてないみたいだから、それを温めて瞼に乗せると目が楽になるって」
「ありがとう。だけどね、私、姫のせいで眠れてない訳じゃないのよ」
操は横に座っている珠子を抱きしめた。
「今夜早速使わせてもらうね。やだ、泣いちゃう。可愛いサンタさん、どうもありがとう」