珠子、前向きになる
はぁー。
珠子はため息を吐いた。そして自分の両膝を見つめる。
幼稚園から戻った彼女の様子を暫くの間、黙って見つめていた操は、おやつに頂き物のリンゴチップスを皿にあけて持っていった。
「姫、これリンゴなのよ。一緒に食べよう」
操に言われて、珠子がチップを摘まみ口に入れた。
「本当だ。サクサクなのに、リンゴの味がする」
驚いた顔をしながら美味しいと言って、珠子は次々と食べている。
その様子を見て、食欲があるうちは彼女の悩みがそんなに重いものではないと操は考えた。
もちろん、操は珠子の悩んでいることを既に感じ取っている。ただ、口には出さず静かに見守る。命に関わることや危険に晒されることなら、すぐに手を打つが、今の珠子の悩みは子どもらしいものなのだ。きっと自分で答えを出すのだろう。
そして、
「ミサオ」
珠子が操の隣に座り顔を見る。
「どうしたの、姫」
操も珠子を見つめる。
「ミサオは私が思っていること、もうわかってるんでしょ」
「何のこと?」
「惚けなくていいよ」
珠子が真っ直ぐな視線を送ってくる。
「姫は、運動会でどうするか決めたんでしょう」
操の優しい声に珠子は頷いた。
「あのね、私は膝を怪我したのをいいことに、30メートル走に出なくてもいいかなって思っちゃった。でも、そうすると参加したいダンスも出られなくなっちゃうの。私、やりたい方だけ参加する方法を考えちゃって。これって狡いよね」
珠子は俯く。
「それで、姫はどうすることにしたの?」
操は6歳の少女が悩んだ末に出した答えを聞いた。
「私、走る。だって走れるんだもん。膝も大して痛くない。だけどミサオ、私がビリでもがっかりしないでね」
「がっかりするわけないでしょう。少しでも速く走れるように練習してあなたは怪我しちゃったのよ。努力してる姫の走りを応援するに決まってるでしょう」
「ありがとう。頑張って走れば、その後の大好きなダンスを心から楽しめるから」
「そうね。その通りだわ。姫、私も昔ね足が遅くて運動会が嫌いだったの」
「ミサオも」
珠子は目を丸くして操を見た。
「そう。毎年運動会の日が近づくと、雨降れ!って思ってた」
「私とおんなじだ」
「まあ結局走ることになるんだけど、今思うと、心に残っているのは楽しかった部分だけなの。嫌だった徒競走のことは殆ど覚えてない」
「そうか」
「姫が頑張って走れば、私はそれだけで泣いちゃう」
「なんで?」
「小っちゃかった姫がお姉さんになって徒競走で走ってるって想像するだけで、感激しちゃうわ」
操は愛しい孫娘を軽く抱きしめた。
「ミサオは優しいね。緊張とか嫌だなって気持ちを楽にしてくれる」
祖母に優しく抱きしめられた珠子は安らぎを感じた。
「姫のダンスも楽しみよ」
「うん。楽しみにしてね」
珠子は30メートル走を頑張って走り切ろうと心に誓った。
翌日、珠子は中山先生に運動会で徒競走もダンスも参加して、一生懸命頑張りますと伝えた。




