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徒競走は嫌だ

「姫、これでよく拭いて」


幼稚園から戻り、操が玄関で珠子のレインコートを脱がせると、タオルを渡した。


「結構降ってたね。今じゃなくて土曜日に降ればいいのに」


力無く珠子が呟く。


「姫、お風呂沸かしておいたから入っちゃいなさい」


「はーい」


部屋にあがると珠子はすぐに浴室へ向かった。

操もタオルで雨に濡れた髪や体を拭いて、レインコートを洗面所のバケツに入れた。そこにおしゃれ着用の洗剤と水を入れて漬け込む。雨に濡れただけならそのまま乾かすだけで良かったが、勢いよく走り過ぎた車から車道の縁に溜まった泥水をおもいっきり掛けられたのだ。入浴の時、バケツを持ち込んで洗わなきゃと、操はため息を吐いた。

珠子の下着と部屋着を脱衣所に置いて、


「姫、よく温まってね」


と言うと


「ミサオも入りなよ」


珠子の可愛い声がした。


「一緒に入りたいけど、お風呂の中でレインコートを洗わなきゃいけないの」


「私が洗ってあげる。ミサオ、一緒に入ろう」


「わかった。そうする」


操はレインコートを漬けたバケツを持って浴室に入った。

サーッとシャワーを浴びて浴槽に入る。


「姫、体洗った?」


「うん。髪の毛もシャンプーしたよ。そのバケツのを洗うのね」


珠子が立ち上がる。


「洗うって言うか、軽く押して、後はよくすすぐの」


「わかった」


珠子は浴槽から出ると、バケツの中を両手で押した。


「サッとでいいわよ」


「うん」


珠子は頑張ってレインコートを洗い終えると、もう一度浴槽に浸かって浴室を出た。

操はコートを絞り、ハンガーにかけて衣類乾燥用のパイプに引っかけた。

浴室を出てキッチンに来た操に


「はい、お茶」


珠子が水出し緑茶のグラスを渡してくれた。


「姫、ありがとう」


受け取ったお茶を一気に飲み干すと、操は食卓の椅子に座った。


「ねえ、ミサオ」


「どうしたの」


「土曜日も今日みたいに雨降らないかなぁ」


「あら、運動会でタカシ君の応援するんじゃないの?」


「タカシの走るところは見たいけど、私が走るところは見せたくない」


「姫も走るの?楽しみじゃない!」


「楽しくないよ。絶対ビリだもん、私」


珠子は、格好いい孝に格好悪い自分の姿を見せたくなかったのだ。


「タカシ君は姫の順位を気にしたりしないわ。一生懸命走る姿が見たいと思うわよ」


「私、泳げないし走るの遅いし、運動は嫌い」


「そんな姫が頑張れば、それだけで私は感動するわ。タカシ君も同じだと思うけど」


「やっぱり、走りたくない」


珠子はため息を吐く。


「走るのなんて一瞬で終わるわよ。それ以外は何に出るの?」


「ダンス。これは楽しいよ。さくら組・ひまわり組・ばら組、みんなで踊るの。今日、体育館で練習したよ。さくら組の子たち、すっごく可愛かった」


「さくら組は年少さんか。3歳から4歳の子どもたちね。その頃の姫も可愛かったわ」


操が遠い目をする。


「ミサオ、今の私は可愛くないの」


珠子がほっぺたを膨らます。


「もちろん可愛いわよ。でも、あの頃と比べると、あなたはとてもお姉さんになったわ」


「私、お姉さんになった?」


「ええ、タカシ君だけじゃなくて、姫も大人っぽくなってるよ。それって、きっと出たくない徒競走も一生懸命走るってことなんだろうなぁ。うん、お姉さんならそうするわね」


操に持ち上げられた珠子は、走るの頑張る!と言わざるを得なくなった。

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