雨の月曜日
月曜日、今日も朝から雨模様で、珠子は雨に当たらないように、玄関前のポーチ兼通路に立って、孝が出てくるのを待っていた。
ガチャっと扉が開いて雨傘を持った孝が出てきた。
「タカシ、おはよう」
珠子は玄関の鏡に向かって何度も確認した笑顔で孝に挨拶をした。
「おはよう。お腹は大丈夫か?」
「うん。もう平気」
「そうか。それならいい。ところで、こんな天気だからタマコも早めに出かけるんだろう。もう部屋に戻って支度をしないと」
「うん。そうだね」
頷く珠子の目の前に孝が立つと
「明日からリレーの朝練でこの時間におまえと会えないから、今、言わせてくれ。今度の土曜日の運動会、おれ頑張って走るから応援してくれよな」
そう言いながら、風で少し乱れた彼女の髪を撫でて直した。
「もちろんだよ。葵ちゃんも賢助君も応援するって」
「ありがたいな。でも、おれはタマコの応援が一番頑張れるんだ」
「任せて!おもいっきりタカシーって叫ぶから」
珠子が両手を口元に添えて叫ぶ振りをした。
それを見て孝は親指を立てて頷いた。
「じゃあ、いってきます」
「いってらっしゃい」
お互い手を振って孝は学校へ、珠子は部屋に戻った。
「姫、今日は少し早く出ようね」
操が一口おにぎりと味噌汁をテーブルに置きながら言うと、
「タカシにも言われたよ」
珠子はすぐに座って、おにぎりを口に放り込んだ。
「ミサオ、夕ごはんはラタタそうめん食べられる?」
ラタタそうめんとは、操が昨日作ったラタトゥイユを冷やしてそうめんに乗せて食べるのをさしているのだが、珠子は上手く言えないのだ。
「朝ごはんを食べながら夜の心配をするの?姫は本当に食いしん坊ね」
操が苦笑いする。
「だって、昨日食べられなかったんだもん」
「それは姫が月美さんの作ったたこ焼きを食べ過ぎたからでしょう」
「うん。食べてる時はどんどんお腹に入ったんだけど、ちょっと休憩したら…」
「凄く膨らんでいたわね。パンクするんじゃないかって心配したわよ」
「寝る時まで苦しかった」
「タカシ君も心配してたのよ」
「さっきも言われた。お腹は大丈夫かって」
「でしょうね。彼はソファーで苦しそうに横になったあなたのお腹を、優しく手のひらで、のの字を書くように擦ってくれてたのよ」
「そうだったの。あの時は苦しすぎて、あまり覚えてないの」
「昨日の話はこのくらいにして支度しようか」
操に促されて、珠子は歯を磨き制服を羽織り、更にレインコートを着ると玄関に向かった。おろしたての黄色い長靴を履いて奥に向かって声をかけた。
「ミサオ、準備できたよ!」
「じゃあ、行きましょうか」
操もレインブーツを履き、傘を持って外に出た。
「相変わらず結構降ってるわね」
傘をさして二人はアパートを後にした。
歩きながら、操は珠子の足元を見る。
「歩き辛くない?」
操に聞かれて、珠子は大丈夫と言った。
「少し緩いだけ。ねえ、子どもっぽくない?」
「そんなことないわ。帽子とバッグと長靴の色味がお揃いね」
「それってどうなの?」
「私は好きよ」
操が頷く。
「タカシはどう思うかな」
「彼は姫のことが好きだから、絶対可愛いって言うわよ」
そう言われてニヤけてしまう珠子だが、少し顔を曇らせて言った。
「明日から、朝の見送りができないの」
「朝練をするのね。彼のクラスは本気で一位を狙ってるんだ」
「うん。頑張るから応援してって言ってた。自分が走るのは頑張れないけど、タカシの応援は頑張る!」
「走るのも頑張ってよ」
「それは無理。自信を持って言えるよ、ビリになるの」
珠子は運動会が好きではなかった。できれば今日みたいに雨になればいいなと思っている。ただ、孝の走る姿は見たいので、幼稚園から戻ったらてるてる坊主を作ろうと思った。