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ラタタを作る

日曜日の朝、久しぶりに雨が降っていた。

今日の珠子はソファーに寝転がり、ぼーっと窓ガラスに当たって滲む雨の流れを見ていた。


「姫、なんか元気がないわね。体が怠いの?」


操が心配して、窓に向けていた孫娘の顔を覗き込んだ。


「元気だよ」


と、元気なく珠子は言った。


「何か悩みごとがあるのかしら」


「あのね、私はなんで背が伸びないのかなって思ったの」


ソファーから起き上がってきちんと座ると操を見上げた。


「ん?姫はちゃんと大きくなってるわよ。だからこの間、長靴を新調したんじゃない」


「そうだなんだけど。今まで履いていたのが可愛くて良かったから、同じデザインと色の大きなサイズを買ってもらったけど、子どもっぽかったかなぁ」


珠子が考え込む。


「ああ、わかった。タカシ君が最近、背が伸びて雰囲気が大人っぽくなったのが気になるのね」


操は珠子の隣に座ると、手を握った。


「姫とタカシ君は6歳も年が離れているんだから、比べる必要はないわ」


操が優しく諭すが珠子はただ、ため息を吐く。


「全く、あなたはおマセさんね。タカシ君が今の姫と同じ年の頃は、きっともっと幼い感じだったと思うわよ」


「私は今のタカシにつり合う女の子になりたいの」


「今のままで充分つり合ってると思うけど」


「昨日ねカシワ君のところに行ったでしょう。その時、タカシが風呂上がりで、パンツ一枚で出てきたの」


「まあ、セクシーだこと」


操が笑う。


「ホント、ドキドキしちゃった」


珠子は、その時のことを思い出して、顔を紅らめた。


「夏休みに泳ぎに行った時は感じなかったのに、なんか大人っぽくて真っ直ぐ見られなかった」


「タカシ君の年頃になると、急に成長するの。姫だって、その頃にはもの凄くお姉さんになると思うわよ」


「そうかな」


「そうよ。だから焦らなくていいし、今は自然体でいて欲しいわ」


「わかった」


珠子が頷くと


「こんな天気だけど、今日は何をしようか。そうだ、名取さんからいただいたトマトとナスでラタトゥイユを作ろうと思ってるの。姫も手伝ってくれる?」


「ラタタ何とかって何?」


「ラタトゥイユ。ちょっと言いづらい名前の料理だわね。フランス辺りの郷土料理よ。夏野菜をオリーブオイルとニンニクで煮込むの。熱々も美味しいけど、冷蔵庫で冷やしてそうめんに乗せて食べると結構いけるのよ」


「食べたい、食べたい」


いつもの元気な珠子に戻って、一緒に作ると言った。

その様子を見て、操はほっとした。

二人は早速キッチンで調理を始めた。

操がトマトに軽く切れ目を入れて熱湯にサッとくぐらすと氷水の入ったボウルに移した。


「姫、めくれ上がったところを持って皮を剥いてくれる」


台に乗ってシンクに立った珠子に頼み、操はナスや玉ねぎをザクザク刻んだ。

珠子は熟して柔らかいトマトが潰れないように小さな手で持ちながら慎重に皮を剥いた。


「姫、持ちづらかったらボウルの水を捨てて、その中で左手でそっと押さえながら右手で皮を剥がしてみて」


操のアドバイスを聞きながら真剣に作業を行った。


玉ねぎをオリーブオイルで炒めて、その後次々に夏野菜を入れて全体的にしっかり火が通った頃、トマトの皮剥きが終わった。


「よくできました!姫とっても上手よ」


操に褒められて、珠子は満足気な顔をした。

珠子の力作、皮剥きトマトを刻んで夏野菜の鍋に投入すると


「これで少し煮込んで火を止めて味を染みこませれば出来上がり」


「お昼、ラタタそうめん食べられる?」


期待を込めた目で珠子が鍋を見つめる。


「煮込んで冷まして冷蔵庫で冷やすから、早くても夕ごはんね」


操に言われて、珠子はがっかりした。

その時、


「タマコ、いるか」


孝の元気な声がインターホンから聞こえた。


「タカシ、おはよう」


珠子が玄関で出迎えた。


「もう十一時過ぎだよ。こんにちは、だ」


「そっか、もうそんな時間なんだ」


トマトの湯むきに集中していて気づかなかったと、珠子は言った。


「お母さんが、タコパするからおいでって。おばあちゃんも一緒に食べましょうって」


キッチンに顔を出して孝が誘った。


「タコパ?」


ラタタとかタコパとか初めて聞く言葉ばかりだなぁと珠子は思った。


「たこ焼きパーティー」


と孝が言う。


「うわぁ、パーティー楽しそう。ミサオ、ごちそうになろうよ」


珠子が操のエプロンを引っぱる。


「今ね、火にかけてるのがあるから、終わったら伺うわ。姫、先に行ってて」


操が鍋の様子を見ていると


「おばあちゃん何作ってるの?いい匂いだ」


孝が鼻をヒクヒクさせながら聞いた。


「ラタタだよ」


珠子が答える。


「ラタタって?」


孝が首を傾げる。


「ラタトゥイユなんだけどね」


操が笑いながら言った。

そうかと、孝も笑った。


「なんで笑うの」


珠子が不機嫌そうな顔をする。


「タマコが可愛いからだ」


孝は人さし指で珠子の頬をツンツンと突いた。


「さ、行こう。おばあちゃん、鍋が終わったら来てね」


珠子と手を繋いで、孝が言いながら玄関へ向かった。

操の部屋を出ると、


「タマコ、おれは今のタマコが大好きだぞ」


孝は早口で言い、ちょっと恥ずかしくなって雨雲を見上げた。そして上を向いたまま、


「タマコだって毎日少しずつ大人になってるよ。おれ、時々おまえの仕草にドキッとするんだ」


と言い、珠子は嬉しそうに孝にラブビームを送った。

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