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大人のコリンキー

「こんにちは。珠子です」


珠子が背伸びをしてインターホンに向かって挨拶すると、


「はーい。いらっしゃい」


月美が玄関の扉を開けた。


「さっ、入って、入って」


「タマコか。あがってこい」


奥からは柏の声も聞こえた。

珠子は部屋にあがり、手にしていたビニール袋を月美に渡した。


「午前中に名取さんの畑の雑草を取ったら野菜をくれたので、おすそ分けです」


「まあよく熟してる。すぐに食べられるわ。ありがとう」


「トマトはお塩をかけて食べたら、凄く美味しかったから月美さんたちに食べて欲しかったの。それから、この瓢箪(ひょうたん)みたいなやつはミサオが食べ方がわからないから、月美さんにお任せしますって」


珠子が一気に話した。


「ああ、コリンキーね」


月美はオレンジ色の瓢箪型の野菜を手にした。


「コリンキー?」


初めて聞く名前に珠子が首を傾げる。


「これはね、生で食べられるカボチャなんだけど、かなり熟してるから、フリッターにでもしましょうか」


「フリッターって天ぷらみたいなやつ?」


「そう。スライスして衣をちょっとつけてカラッと揚げたらスナック菓子みたいにつまめるわね」


「美味しそう!月美さんいつ作るんですか?」


「珠子ちゃん、今すぐ食べたいって顔に書いてある」


月美に言われて、ハッとした珠子は慌てて両手で頬を隠した。


「お、タマコ」


リレーの練習から帰ってきて、シャワーを浴びていた孝が、タオルで髪を拭きながら顔を出した。


「タカシ、お疲れさま」


ボクサーパンツだけを身に着けた孝を見ながら、頬を紅らめて珠子は声をかけた。


「孝、レディの前でパンツ一丁は失礼よ。何か着なさい」


月美に(たしな)められて孝は自分の部屋に引っ込む。孝と入れ替えに柏がキッチンにやって来た。


「おっ、タマコがお土産を持ってきたのか」


「名取さんの畑で採れたやつだよ。トマトにお塩をふって食べたら美味しかったの。だからおすそ分け」


「ありがとうな。タマコが畑を手伝った駄賃なんだろう。分けてもらっちゃって悪いな」


「ううん。すっごく美味しかったったからカシワ君たちに食べて欲しかったの。もう一つはミサオが食べ方を知らないからって」


「俺も初めて見る。瓢箪じゃないんだろう?」


そう言いながら、柏はまな板の上で半分に切られたオレンジ色の塊を見ていた。


「コリンキーだって。月美さんが言ってた。生で食べるカボチャだけど、熟してるからフリッターにしてくれるって。どんな味かなぁ」


「月美はよく知ってるな。さすが…」


「さすがオレの月美だって言いたいんでしょ。まだ何にも食べてないけど、ごちそうさま」


珠子は熱い熱いと、大分年上の柏をからかった。

そこへ部屋着のスウェットを着た孝が来た。


「あー、喉が渇いた。タマコ、麦茶を飲むか」


「飲む。いただきます」


孝は二つのマグカップに冷たい麦茶を注ぎ、一つを珠子に渡し、もう一つは彼が一気に飲み干した。


「あー、うまっ」


空になったマグをテーブルに置いて、孝は月美が調理しているのを覗きながら聞いた。


「お母さん、何を切ってるの」


「コリンキー」


「何、それ?」


「珠子ちゃん、あなたのカレシに教えてあげて」


と、月美が言うので珠子はさっき教えてもらったばかりの情報を孝に教えてあげた。


「生で食べられるカボチャだって」


「へぇ、そうなんだ。どんな味なんだ?」


「うん?わからない。私も初めて見たんだもん」


「そうか」


「ねえ、タカシ」


珠子が心配そうな顔で孝を見る。


「ん、何?」


「喉痛い?」


「えっ、別に痛くないよ」


「なんか声が変だよ」


珠子に言われて孝は喉仏の辺りを押さえた。


「声が変か?」


「うん。時々」


「それは、もう少しするとタカシの声が、子どもから大人になるんだ」


二人の話を聞いていた柏が口を挟んだ。


「声が大人になるの?」


珠子が首を傾げる。


「変声期とか声変わりとか言って、子どもの高い声から大人の低い声に少しずつ変わっていくんだ」


柏の話に珠子は、孝が大人になって遠くに行ってしまうような不安を感じた。確かに彼は背丈もぐっと伸びて顔つきも前とは違う気がする。


「どうした?」


急に黙って考え込む珠子に孝が声をかけた。


「私は小さいまま全然変わらないのに、タカシはどんどん大人になっていく」


「おまえだって、去年と比べたら大きくなってるよ」


「変わってないよ」


「変わってる。長靴がきつくなったから、この間おばあちゃんと買いに行ったんだろう」


確かに、お気に入りだった黄色い長靴がきつくなってきたので、先日、大きいサイズのを買ってもらった。


「うん」


「タマコも大きくなってる。顔も少し大人っぽくなってるよ」


「本当?」


「ああ、おれはそう思う」


そこへ月美が熱々のフリッターの皿を持ってきた。


「はーい、できたわよ」


ダイニングテーブルの上のフリッターを爪楊枝で刺して、各々ふーふーしながら口に運んだ。


「熱っ。でも美味い」


珠子は気に入ったようだ。


「サクサクの衣はチーズ味だ。コリンキーは甘いね。少しホクッとしてる」


孝は口の中の熱い息を吐き出しながら言った。


「衣に粉チーズを入れてみたの。若い実ならそのまま食べられたけど、このコリンキーはかなり育ったものだからちょっと硬くなってたわね」


月美が言うと、珠子は食べかけのフリッターの中身を見つめた。


「このコリンキーは大人なのね」

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