幼稚園児だってシビアだ
「孝君は珠子ちゃんが好きなんですか。私のことも好きになってもらえますか」
「えっ?」
突然の、葵の発言に孝が絶句する。何をどう言えばいいのかわからなかったからだ。
もちろん、珠子のことは大好きだ。だが、永井葵は可愛いルックスをしていても男の子である。孝としては、珠子がとても仲良くしているので少しやきもちを焼いたりはする。正直、彼のことは心優しい珠子の友人としていい子だなと思っているが、珠子に対するような『好き』と言う感情は全くないのだ。だが、幼い彼にはっきりノーと言うのは心を傷つけてしまうだろうなと思案して、結局何て返事をしていいのかわからなかった。
すると、珠子が助け船を出した。
「葵ちゃん、前にも言ったと思うけどタカシは私のカレシだから、葵ちゃんのカレシにはなれないの」
「葵君」
孝がやっと口を開く。
「いつもタマコと仲良くしてくれてありがとうな。あのさ、はっきり言うね。おれはタマコが大好きだ。そして、葵君はタマコの親友だと思っているよ。これからもおれのタマコをよろしくな」
「はあー。ふられちゃった」
葵が泣きそうな顔で呟いた。
「葵君、おれは正直、人と接することが凄く苦手なんだ。だけど、君たちとは構えないで本音で話ができそうなんだ。だから葵君も賢助君もみんな仲間だ」
孝が言うと、
「孝兄ちゃん、おれたち仲間なのか?」
賢助が嬉しそうに聞く。
「そうだ、おれたちは仲間だ」
そう言う孝に、興奮した賢助が立ち上がり彼の真横に行って
「仲間だ!仲間だ!」
と言いながら首根っこにしがみ付いた。
すると孝は両手で賢助の体を抱え自分の膝の上に乗せて、こちょこちょと擽った。
「孝兄ちゃんやめろ!やめてぇ!擽ったい!」
きゃっきゃと、孝と賢助が騒いでいるので、珠子は葵の隣に避難した。
「タカシもひとりっ子だから、賢助君が弟みたいで可愛いんだね」
じゃれ合う二人を見ながら珠子が言うと、葵が悲しそうな顔を見せた。
「私が男の子だから孝君は私のことを好きじゃないのかな」
「男の子とか女の子とかは関係ないと思うよ。タカシは葵ちゃんのことも好きだよ。ただ、その好きは賢助君を好きなのとおんなじ好きだと思う」
目の前で相変わらずじゃれている孝と賢助を見ながら珠子は言った。
残酷だけど、そこははっきりさせたかった。
孝が深い意味で好きなのは自分で、葵は仲間として好きなのだ。幼稚園児だって恋愛はシビアだ。
「私、タカシを思う気持ちは譲れないけど、葵ちゃんとはずっとお友達でいたい」
珠子は葵の手を握った。
「うん。私も。でも、やっぱり孝君が好き」
葵も珠子の手をぎゅっと握り返した。
「好きになるのは自由だよ。もちろん私もタカシが大好きだよ」
「じゃあ私たちは仲良しだけどライバルだね」
「うん」
少し離れたところで子どもたち四人の、特に珠子と葵のやり取りを見守っていた操は、幼くてもいろんな思いがあって、それが子ども同士の関係を作っていくんだなと感心した。