二人で帰る
幼稚園の靴箱のところで、珠子はそわそわしていた。お昼寝の時にできた寝ぐせを小さな手で押さえて、服の皺も必死に伸ばした。そして、園の正門の方をじっと見つめた。
黄色とライトブルーのキャップを被ってランドセルを背負ったすらりとした少年が、こちらに向かって来る。
珠子は満面の笑みで、寝ぐせを押さえていない方の手を振った。そして、急いで幼稚園の黄色い帽子を被る。
「タマコ、お待たせ。中山先生、こんにちは。今日は、おばあちゃんに代わって迎えに来ました」
孝は珠子と並んで立っている中山ヒロミに挨拶をした。
「神波孝君ね。こんにちは。珠子ちゃんのお婆さんから連絡をもらっていますよ」
中山先生が笑顔を向けた。
「タカシ、帰ろう。先生、さようなら」
珠子は靴を履き替えた。
その時、
「珠子ちゃーん」
永井葵がやって来た。孝の声が聞こえたので顔を見に来たのだ。
「孝君、こんにちは。今日は孝君がお迎えなんですね。いいなぁ、珠子ちゃん」
葵はキラキラスマイルで孝を見つめた。
「葵君、こんにちは。タマコ行くぞ」
孝は珠子と手を繋ぐと帰って行った。
母親が来るのを待ちながら葵は、孝と仲良さそうに歩く珠子を羨ましく思った。
「タカシ、また背が高くなったね」
珠子は歩きながら顔をあげて孝を見た。
「うん。そうかも。タマコは、あんまり背の高さ変わらないな」
「そうだね。どうすれば背が伸びるの?」
「いつの間にか伸びてた。でもタマコは、小っちゃい方がいい。可愛いよ」
孝に言われて、珠子はニヤけながらふにゃっとなる。
「タカシと二人だけで歩いてると、デートしてるみたいだね」
「そうだな」
「ミサオと月美さんが、二人だけで出かけるのも珍しいね」
「うん。確かにな。どうやら、おれたちの誕生日プレゼントを選びに行ったみたいだ」
「そうなの?だけど私たち、今日がお誕生日だよ。タカシは12歳で、私は6歳になったんだ。お誕生日じゃない日にお祝いするのかぁ。幼稚園では、先生もみんなもおめでとうを言ってくれたよ」
「まあ、大人には大人の事情があるんだろう。そう言えば、205号室の金子さんが研修でタマコのクラスに来たんだって?」
「そう。咲良ちゃん、ばら組のみんなから大人気だったんだよ。オルガン弾いて、みんなで歌ったり、絵本を読んでくれたり、鬼ごっこをしたり、いっぱい遊んでくれた」
「金子さんは幼稚園の先生になりたいのか。タマコは将来何になりたい?」
「それは、タカシのお嫁さんに決まってるでしょ」
即答の珠子に孝が照れていると
「タカシはどうなの?」
彼女も聞いた。
「おれはね、理学療法士。前にタマコも一緒に病院に行って、おれが腕や手首の運動をしてたの覚えているだろう。あの先生みたいになりたいんだ」
「リハ…なんとかの先生?」
「そう、リハビリの先生」
「そうなんだ。どんな勉強をするとリハビリの先生になれるの?」
「今、調べてるところ」
「タカシがリハビリの先生になったら、私、診てもらいに行こう」
「だめだ」
「なんで?」
「理学療法は、怪我をした人や病気で体が思うように動けない人の回復のために施すんだ。もし、おれが理学療法士になっても怪我をしたタマコは診たくないよ」
「わかった。じゃあタカシのお嫁さんになるために頑張る」
「うん。それならいいよ」
暑い中でも手を繋いでくっ付いて歩く仲の良い二人の住まいは、もう目の前だ。