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四つ巴

「お義母さん、元太をよろしくお願いします。お姉ちゃんも頼むね」


日曜日の午前中、鴻が元太を預かってもらうために操の部屋を訪れた。

久しぶりに高校の時の友人たちとホテルのランチバイキングに出かけるのだ。


「ゆっくり息抜きしてらっしゃい。こっちは後から、元太の大好きなタカシ君も来るので、大丈夫よ」


操は、鴻が元太を抱いて寄ってしまったサマージャケットの皺をはらって伸ばすと


「いってらっしゃい」


受け取った元太の片手を持って小さく左右に振った。


「ママ、いってらっしゃい」


珠子も笑顔で手を振った。


「いってきます」


鴻は学生時代に戻ったかのように軽い足取りで出かけて行った。


「元太、また大きくなった」


珠子が、ムチムチした元太の太股を触る。(くすぐ)ったかったのか、


「ひゃぁ、あはっ。たあー、たあー」


と笑った。『たあー』は珠子のことらしい。


「姫、元太が興奮して暴れるから擽らないで」


操は必死に元太を抱きかかえ、歩行器に座らせた。すると、床を蹴って彼は部屋の中を移動した。


「ああっ、テーブルにぶつかる」


操が駆け寄り、元太の前に立ちはだかるとドーンと彼にアタックされた。


「痛っ。元太、手加減してよ!」


操は膝下をぶつけられてうずくまる。それを見て元太は大喜びだ。


「元太、ミサオが痛がってる」


珠子が暴れん坊の弟にダメっと睨んだ。


「ううー」


姉に怒られて、元太は大人しくなった。


「タマコ、おはよう」


聞き慣れた声がして、孝が軽い足取りでやって来た。


「うきーっ!たあー、たあー」


少しの間、静かにしていた元太が急に嬉しそうに叫んだ。この『たあー』は孝のことなのだろう。


「タカシ、いらっしゃい。元太が暴れてミサオが足を痛くしたの」


珠子は操をソファーに座らせて濡れタオルを渡しながら言った。

元太が歩行器で大好きな孝に向かって行ったが、ぶつかる寸前に彼の細マッチョな両手が歩行器を止めた。


「元太、おはよう。おばあちゃんにごめんなさいを言おうな」


孝に抱き上げられた元太は、たぁーと言って急に大人しくなる。そのまま、ソファーの操の隣に腰を下ろした孝は元太の耳元で何かを呟いた。すると、元太が操を見ながら手を伸ばした。その手を取って操が抱っこする。

そして、お互いに見つめ合うと


「あぇん」


元太が声をあげた。


「あら、私にごめんって言ったの?もう、元太ったらぁ。いい子ねえ。おばあちゃん、嬉しくて泣いちゃいそうよ」


操は元太に頬ずりした。ちょっと嫌そうな顔をして元太がこっちを見る。それを見ていた珠子が


「タカシに助けを求めてるよ」


笑いながら孝に耳打ちした。


「ミサオ、元太はタカシに任せて、もう少し足を冷やしておいた方がいいよ」


珠子が保冷剤を先ほどの濡れタオルに包み操に渡した。

孝は元太の両手を取って、歩く練習をした。

安定した足取りを見ながら


「元太はまだ赤ん坊なのに体幹がしっかりしてる。これって凄いよ」


孝は感心した。


「ホントだね。私なんか2歳になってもちゃんと歩けなかった」


珠子が羨ましがる。


「その代わり喋るのが早かったんだろ、タマコは」


そうやって気づかってくれる孝がますます好きになってしまう珠子だった。

そうこうしているうちに昼になり、元太は鴻が用意した離乳食を食べて、おむつ交換を終えると気持ち良さそうに昼寝をした。


「起きてると暴れて大変なのに、寝顔も寝姿もこんなに可愛いのよね」


ごろ寝布団で大の字になっている元太を見ながら操は微笑む。

そして、珠子たちもお昼ごはんを食べて、暫しの休息を取った。

やがて、元太が目覚めると途端に操の部屋は賑やかになった。珠子と孝に暴れん坊を任せて、操がソファーでくつろいでいると、インターホンから可愛らしい声が聞こえた。


「こんにちは。珠子ちゃん、葵です」


「はーい」


珠子が玄関扉を開けると、永井葵と母のレイラがお辞儀をした。

そして葵が


「珠子ちゃん、これ湖のおすそ分けのお礼です」


と言って、ケーキが収まっていそうな箱を差し出した。

珠子の後から出て来た操が


「まあ、気を使っていただいて申し訳ないわ。どうぞ、あがってください」


美人親子を中に招いた。


操は箱を受け取り、珠子が二人を奥へ連れて行った。


「あっ、孝君。こんにちは」


元太と遊んでいる孝を見て、葵が恥ずかしそうに挨拶をした。

孝もチラッと葵を見て


「こんにちは」


と挨拶をすると、珠子の方を向いた。

珠子は孝の隣に行くと


「葵ちゃんね、湖のおすそ分けのお礼を持ってきてくれたの」


言いながら手招きをして葵たちを呼んだ。


「葵ちゃん、葵ちゃんのママも座ってください」


二人はソファーに座り、その近くで楽しそうにはしゃいでいる元太を見つめた。


「珠子ちゃん、この元気な赤ちゃんは孝君の弟さん?」


葵が聞いた。


「違うよ。元太は私の弟。この子も私と同じでタカシのことが大好きなの」


珠子が説明すると


「私も孝君が好き!」


葵が元気よく言った。


「タカシ君はモテモテね」


操が麦茶をテーブルに置きながら笑う。


「でも」


珠子が真面目な顔で


「でも、タカシが好きなのは私だよ。そうだよね」


孝に聞いた。


「そうだな。おれはタマコが一番だな」


とはっきり言うと、孝は恥ずかしくなったのか元太のほっぺたを軽く摘まんだ。

少し痛かったのか元太は


「ぶうう」


とむくれながら体の向きを変え葵を見て手を伸ばした。葵は素早く立ち上がると元太の傍に行き、彼の手を取った。


「うっきぃー」


嬉しそうに葵に抱きついた元太はなぜか頬を紅くする。


「元太、もしかして葵ちゃんに一目惚れ?」


操が吹き出しそうになった。

それからは、孝と葵の間を行ったり来たりして元太はご機嫌だった。なんとなく存在を忘れられた珠子は寂しそうに三人のやり取りを見つめていた。

操が珠子の傍に行き彼女の耳元で言った。


「元太は、普段コウちゃんと二人きりでいるから、母親以外の人と接するのは彼にとってとても良いことだと思うわよ」


「うん。わかってる。でも私の入る隙間が無いのが悲しいな。孝も元太も葵ちゃんに取られちゃった」


珠子も周りに聞こえないように操の耳元で訴えた。


「タカシ君も葵ちゃんもひとりっ子だから、元太が弟みたいに可愛いのね。でも姫、見て。タカシ君はさっきからチラチラあなたを見てる」


「うん。わかってる」


「本当は姫のところに行きたいけど、暴れん坊の元太を葵ちゃん一人に任せるわけにはいかないのよ」


そう言いながら珠子にウインクすると、操は孝の傍に行き


「ちょっと交代」


と言って葵と一緒に元太の相手をした。

孝は立ち上がりキッチンに行くと、そこで珠子が飲んでいた麦茶のグラスを横取りして一気に飲み干した。

そして


「間接キッス」


と、珠子に言うと恥ずかしそうに笑った。

珠子も照れ笑いで孝を見た。


「タマコも一緒にいてくれよ」


「うん」


「じゃあ、四人で遊ぼう」


孝は珠子の手を引き元太のところへと連れて行った。

手を繋いだ二人を見て、元太が


「たあー、たあー」


と興奮気味に声をあげた。

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