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乙女は比較する

「姫、元気がないわね。幼稚園で何かあったの?」


幼稚園からの帰り道、沈んだ様子の珠子に操が聞いた。


「なんでもないよ。私、元気だよ」


 珠子はぎこちない笑顔で操を見る。


「姫、もちろんわかってると思うけど、私も感じることができるのよ。無理に隠そうと頑張っても、あなたが切ない気持ちを抱えているのは、ビシビシ感じちゃうわ」


「うん。お家に帰ったら、お話しする」


そう言う珠子の小さな肩を操は抱いて歩いた。


操の部屋に帰ってきた珠子は制服を脱いで、手洗い・うがいを済ますとソファーに座りテレビの方を見た。その壁にB4サイズの額が飾ってある。

そこに納まっているのは、桜の花びらが舞う中で斜に構えた珠子がこちらを見て微笑む色鉛筆による細密描写のイラストだ。

かつて208号室に住んでいた当時美大生の高田涼が描いたものだった。

操が水出し緑茶のグラスを二つローテーブルに置くと、珠子の隣に腰を下ろす。そして、珠子と同じ方向を見た。


「今日、幼稚園でね、205号室の金子咲良ちゃんが、ばら組の教室に来たの」


珠子が話を始めた。


「咲良ちゃんが?教育実習かしら」


「うん。そんな事を言ってた。咲良ちゃん、ばら組のみんなとすぐに仲良しになって、たくさんお話したり遊んだりしてたの。ところがね、お昼寝の時にエプロンのポケットに差していたボールペンがなくなっちゃったの」


「あら。それでどうしたの」


「ちょっと変わったボールペンで、全体が木でできていてノックする部分が赤いガラス玉になっていて、同じクラスのミクちゃんって子がこっそり取っちゃったの」


「まあ」


「私、ミクちゃんにあのボールペンは咲良ちゃんのお母さんがくれた大事なものだから返してあげてって言ったの。お母さんからのプレゼントって言えば返そうって気持ちになると思って適当に言っちゃった。それで、咲良ちゃんのもとに戻ったんだけどね」


そこまで言うと、珠子は俯いた。


「そのボールペンって、実はリョウ君が咲良ちゃんにプレゼントしたものだったのね」


と、操が珠子の話の続きを言った。


「そう。何でわかったの?」


「だって姫がずっとリョウ君のイラストを見ていたから」


「涼君、咲良ちゃんにいつでも持っていられるものをプレゼントしたんだと思うと羨ましくて」


「私は、この素敵なイラストの方がいいな」


「何で?いつも持っていられるものの方が涼君を近くに感じるんじゃないのかな」


「そうかしら。彼は姫のことや姿を思いながら、時間をかけて色鉛筆の細い線を幾重にも重ねて、こんなに素敵な絵を描いてくれたのよ。私はこのイラストの方がリョウ君の気持ちの深さを感じるわ」


「そうだね。よく考えるとミサオの言う通りだね」


操の話に珠子は納得した。


「涼君は私のことを思ってくれたんだよね」


「ええ、私にはそう感じるわ。ところで、姫はリョウ君のことをどう思っているの?」


「……憧れの人…かな」


珠子は少しの間考えて言った。


「タカシ君は?」


「カレシ」


今度はすぐに答えた。


「それって、姫の中ではどう違うの?」


「うーん。今、私が思うのは、涼君は遥か遠くの素敵なお兄さん。タカシはずっと傍にいて欲しいし、私も傍にいたい大好きな人」


「それなら、リョウ君のプレゼントを比較しなくていいんじゃない。ボールペンは彼のセンスの良さを、お洒落に敏感な年頃の咲良ちゃんにおすそわけしたんだと思うわよ。一方、時間と手間をかけて完成させたこのイラストは、彼から姫へのたくさんの思いや感謝を感じられる」


「そうだね」


「それに、今の姫にとって一番大事な人は、リョウ君じゃなくてタカシ君でしょう」


操が聞くと、珠子は大きく頷いた。


「姫、自分が持っていない、人の物って良く見えるのよ。まして、リョウ君からのプレゼントだと比較しちゃうわよね。だけどね彼は、姫には姫への、咲良ちゃんには咲良ちゃんへのそれぞれ感謝の気持ちをくれたのよ」


「うん。よくわかった」


「じゃあ、おやつにしようか」


「おやつ、おやつ、イエーイ」


珠子は座ったままソファーで跳ねた。

結局、姫はまだまだ色気より食い気よねと、操は笑う。

そして、


「タマコ、帰ってきたかぁ」


孝が万華鏡と月美が焼いたクッキーを持ってやって来た。


「万華鏡!見る!」


珠子は窓の方に向けて筒を回しながら覗いた。あの日の湖が見えた。


「葵ちゃんも、賢助君も、キーホルダーの万華鏡を見て喜んでくれた」


覗きながら珠子が言った。


「良かったじゃん。その万華鏡、ここに置いとけば。そうすればいつでも覗けるよ」


「タカシに会いに行く理由にしたいからタカシが持ってて」


「これが無くたって、いつでもウチに来ればいいだろう」


そう言われて珠子は、エヘヘと笑いながらふにゃふにゃになる。

その様子を見ながら、もう彼女は涼君からのプレゼントの悩みをすっかり忘れたわねと、操は思った。

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