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咲良のボールペン

楽しかった夏休みが終わって今日から新学期が始まる。

孝を見送って部屋に戻った珠子は、ドリンクヨーグルトで和えたバナナとコーンフレークをかき込んで、歯を磨き、身支度を整えると


「ミサオ、準備できたよ」


祖母に声をかけた。

操がじっーと珠子を見て


「うん。姫、オッケーよ」


にっこりと笑った。

明日は起きてから一人で幼稚園へ行く支度をします!と、昨夜、珠子が宣言したので今朝の操は手伝わず静かに見守っていたのだった。


「それじゃ行こうか」


祖母と孫娘は手を繋いで幼稚園へ向かった。

孝の通う小学校を通り過ぎてすぐ隣にある、幼稚園の正門に入ると先生たちが登園した園児たちを出迎えていた。


「中山先生、おはようございます」


珠子も担任に挨拶をした。


「珠子ちゃん、おはよう。いい色に焼けましたね」


小麦色に焼けた珠子は大きく頷いた。そして、操に手を振ると教室に入っていった。

ばら組の教室では珠子と仲良しの永井葵と大沢賢助がふざけ合っていた。

葵がこちらに気づき


「珠子ちゃん、おはよう」


と、手を振っている。


賢助も、おはよう、と笑顔を見せた。


「おはよう!葵ちゃん、賢助君」


珠子は二人に駆け寄り、黄色い幼稚園のショルダーバッグから取り出した小さな包みを渡した。


「家族で湖に行ったの。湖のおすそ分けです」


珠子が言うと、


「湖を持ってきたのか?」


賢助が驚いた顔をする。


「違うよ。湖は持って来れないよ」


包みを開けながら葵がバカにする。

キーホルダーについた小さな筒を見て、葵も賢助も何だろうと首を傾げた。


「その筒を回しながら覗いて。私が見た湖が見えるよ」


二人は珠子に言われた通りに明るい方を向いて小さな筒を覗いた。


「あっ、青いキラキラだ!」


それを回すと水面が陽の光に反射したみたいに煌めいた。


「珠子ちゃん、湖が見えたよ」


葵が興奮する。


「でしょう。でも、歩きながら覗かないでね。危ないから」


珠子が言うと、


「スゲーなぁ。珠子ちゃん、ありがとう。帰ったら、お母さんに見せよう」


賢助が大事そうに自分のバッグにしまった。


「珠子ちゃん、湖に孝君も一緒に行ったの?」


葵が聞いた。


「うん」


「いいなあ。羨ましい」


そんな話をしていると


「皆さーん、集まってください」


中山先生が椅子を並べて、ばら組のみんながそこに座った。


「おはようございます」


と先生が言い、みんなも


「先生、皆さん、おはようございます」


元気に挨拶をした。


「夏休みは楽しかったですか?」


「はーい」


「楽しかったでーす」


「海に行ったよ」


「プールで泳ぐ練習をしたんだ」


「お家でかき氷を食べました」


みんな、夏休み中の出来事を思い思いに話し始めたので、


「はい。わかりました。みんな話してくれてありがとう。みんなの元気な姿が見られて先生も嬉しいです。そして、今日から一週間、皆さんと一緒にこの教室で過ごしてくれる先生を紹介します」


そう言って、中山先生が手招きをすると、若いお姉さんが教室に入ってきた。


「自己紹介してもらいましょう」


中山先生に促されてお姉さんが一礼すると、ばら組のみんなを見渡し、そして珠子と目が合った。


「あれ、咲良ちゃん」


珠子が驚く。


「珠子ちゃん。ここに通っていたんだ」


咲良も驚いた。


「金子さん、どうしました?自己紹介をお願いします」


中山先生が再度促す。


「は、はい。ばら組の皆さん、初めまして。今日から一週間、皆さんと一緒に過ごすことになります金子咲良(かねこさくら)です。よろしくお願いします」


咲良はゆっくりはっきり話し、お辞儀をした。


「金子先生は幼稚園の先生になるためのお勉強をしています。皆さんと一緒に、遊んだり歌ったり運動したり本を読んだりしますので仲良くしてくださいね」


中山先生が説明すると、


「金子先生、よろしくお願いします」


みんなもお辞儀をした。


「珠子ちゃん、金子先生と知り合いなの?」


葵が小さな声で聞いた。


「うん」


珠子が頷く。


金子咲良は『ハイツ一ツ谷』の入居者だ。

205号室に住んでいる。かつて、珠子と咲良は、同じ入居者だった美大生の青年、高田涼に片思いをしていたライバル同士だった。もちろん今は仲良しで、一緒に遊園地に行ったこともある。


「咲良ちゃん」


珠子が傍に行くと、咲良はしゃがんで向き合った。


「珠子ちゃん、幼稚園に通っていたのね」


「はい。今年の四月から通ってるの。咲良ちゃん、学校は?」


「今、高校三年生だけどウチの学校は系列の大学へ入るために幼稚園で実習っていうのをしなければならないの。珠子ちゃんよろしくね」


「はい。お願いします」


珠子と咲良は小さくお辞儀をすると、軽く頭をぶつけ合ってしまい、お互いにクスッと笑った。

そして、咲良は何人かの子どもたちに囲まれて絵本を読んだり、別のグループの子どもたちと積み木やブロックで家や怪獣を作ったりして、たちまちばら組の人気者になった。あちらこちらを走り回り、歌を歌ったりしながら過ごしていた。

お昼になり、みんなで給食を食べて食事が終わると昼寝の準備をした。マットを敷きタオルケットを用意していた時


「あれ」


咲良が小さく声をあげた。


「咲良ちゃん、じゃなくて金子先生どうしたの」


珠子が小さな声で聞いた。


「エプロンのポケットに差していたボールペンが無いの。どこかに落としちゃったかな。どうしよう。とっても大事なボールペンなの」


咲良が泣きそうな顔になる。


「どんなボールペンなの?」


「木でできていて、ノックするところがガラスの赤い玉になってるの」


咲良と珠子がこそこそ話をしていると、


「はい、お喋りはそこまで。珠子ちゃん、お昼寝してください。金子先生は昼寝を促してください」


中山先生に注意されてしまった。

珠子は横になる前に一瞬周りを見回した。そして、昼寝をしている一人のクラスメイトを見つめた。


「金子先生、ボールペンはお昼寝の後、私が見つけてあげる」


そう言って珠子もマットに横になった。




昼寝の時間が終わって、先生たちがみんなを優しく起こしていき、マットとタオルケットを片づけ、机を出して着席すると画用紙にクレヨンでお絵かきをした。

そんな中、珠子が席を離れ殆ど喋ったことがない羽田(はねだ)ミクの傍に行くと、何かを囁いた。その途端、ミクが一瞬固まりゆっくりと珠子を見て俯いた。


「珠子ちゃん、席を離れないで、ちゃんとお絵かきしてください」


中山先生に注意をされて、珠子は慌てて自分の席に戻った。

お絵かきが終わると、ミクが急いで咲良のもとに行った。そして、無言で何かを咲良に渡した。彼女は目を見開いてそれを受け取り、ミクの頭をそっと撫でた。

その様子をじっと見ていた珠子の前に咲良が走り寄り


「珠子ちゃん、ボールペン見つかったの」


嬉しそうに言った。


「金子先生、大事な物は幼稚園に持って来ちゃダメだよ。ミクちゃん、それが欲しくてこっそり先生のポケットから取っちゃったんだよ」


珠子が周りに聞こえないように囁いた。


「そうだったの。てっきり、あの子が拾ってくれたのかと思ってた」


咲良も小さな声で話した。


「金子先生の大好きなお母さんからもらったボールペンだから返してあげてってミクちゃんに言ったの。嘘ついちゃった」


「ううん。珠子ちゃん本当にありがとう。このボールペン、私の母からじゃないけど私の大好きな人が遠くに行ってしまう時に、元気でねって言ってプレゼントしてくれたものなの」


咲良が大事そうにボールペンに頬ずりした。


「咲良ちゃん、それって…」


珠子は思わずそう呼んでしまった。


「咲良ちゃん、それって涼君からもらったの?」


「そう。本当にありがとう」


そう言う咲良の笑顔を悲しそうに珠子は見つめた。

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