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孝のリトライ

「ただいまぁ」


珠子と孝が遊園地から戻ってきた。


「姫、おかえり。タカシ君、面倒見てくれてありがとう」


操が玄関で出迎えた。


「おばあちゃん」


孝が操を見る。


「何かしら?」


「今日はね、おれ、タマコにたくさん世話になったんだ」


「ん?立ち話も何だから、あがって。奥で、今日の出来事を聞かせて」


操は孝を奥へ誘ったが、


「バッグだけ置いてくる」


と言って一度操の部屋を出ていった。それからすぐ、孝はやって来た。


「おばあちゃん、あがるね」


洗面所で手を洗い、孝はソファーで座っていた珠子の隣に腰を下ろした。

操が麦茶のグラスを二人の前に置いて、向かい側に座った。


「それで、今日は楽しめた?」


「おれは凄く楽しかったけど、タマコは不完全燃焼だよな」


孝が申し訳なさそうに言う。


「そんなことないよ。だって今日はタカシと間接キッスしたんだもん」


珠子が照れながらも嬉しそうな顔をする。


「何をそんなにラブラブなことをしたの?」


操は興味津々だ。


「全然ロマンチックじゃないんだ。おれがさ、絶叫系の乗り物が苦手なんだけど、向こうに着いてすぐにローラーコースターに乗ったんだ」


「あれ、お腹がヒューってなって面白かった」


珠子は思い出して興奮した。


「タマコは楽しそうに乗ってたんだけど、おれは気分が悪くなっちゃって、彼女に介抱してもらったんだ」


「まあ、それは大変だったわね」


「ああ、タマコが飲んでた水筒の冷たい水を飲ませてもらった」


「それが間接キッスなのね」


「そう。それからは、タマコはさ、おれに気を使ってコーヒーカップとかメリーゴーランドとか絶叫系の乗り物と真逆のに乗ろうって言って。本当はつまらなかったと思うよ」


申し訳なさそうに孝が言うと、


「そんなことないよ。だってタカシとずうーっと一緒に乗り物に乗ったんだよ。凄く楽しかった。また行きたいなあ」


珠子は夏休みの間にもう一回行きたいとリクエストした。




その晩、柏の部屋では親子三人が食卓を囲んで食事をしていた。


「タカシ、タマコと『フラワ・ランド』に行ったんだろ。楽しかったか?」


仕事から帰ると、孝が落ち込んでいるようだったので、柏はご飯茶碗を片手に聞いた。

孝も茶碗片手に母親の美味しい手料理を箸で摘まんでいたが、いつもより食が進まなかった。


「あのさ、ローラーコースターに怖がらずに乗る方法ってないのかな」


ぼそっと孝が言った。


「タカシ、絶叫系が苦手か。俺もダメだ」


柏はさらりと言った。


「お父さんもダメなの?」


「ああ。俺、自分しか信用してないから」


「それ、わかる」


「おれはスピード感とかは自分で操作できるものなら平気なんだ。例えば雪の急斜面をスノーボードやスキーで滑るのは何でもない。だけど飛行機が加速して離陸する瞬間はいくつになっても慣れない。パイロットを信用してないわけじゃ無いけどな」


柏も機械仕掛けの絶叫系のアトラクションは苦手だと言った。


「タマコは平気なのか?」


「お腹がヒューってなる感じがたまらないんだって」


「女の子って強いな」


柏は小さな体にGを感じながらはしゃぐ珠子の姿を想像した。


「月美は絶叫マシンって平気か?」


柏が妻に聞く。


「私、そういう場所に行く機会が無かったからわからない」


「そうか。今度行ってみるか」


「柏君苦手なんでしょう。でも正直、そういうのに一度乗ってみたい」


「よし、今度の休みに行ってみるか」


「お父さん、大丈夫?」


「う、うん。大丈夫だ」


「ねえ、孝は珠子ちゃんが隣にいたから格好つけて声をあげなかったんじゃない?」


「そう。歯を食いしばった」


「大きな声で絶叫してみたら。絶叫マシンなんだから」


「そんなので克服できるか」


柏が疑いの言葉を向ける。


「柏君も大声をあげて発散しましょうよ。一緒に」


月美が誘う。


「一緒に?」


「私と一緒に」


「そうだなぁ」


月美の誘いに柏が嬉しそうに答える。


「何イチャついてるんだよ」


まだ新婚気分が抜けてない両親を見て孝が呆れた声を出した。




八月最後の週末、柏たちと操と珠子は『フラワ・ランド』に来ていた。

操が下で見守る中、珠子と孝、柏と月美がローラーコースターに乗り込んだ。


「タマコ、おれ大声を出すけど気にしないでくれよな」


「うん。タカシとまた乗れて嬉しい。私も大きな声を出そう。どっちがたくさん声をだせるか競争しよう」


「あ、ああ」


孝は緊張気味に返事をして安全バーを握りしめた。


「柏君大丈夫?」


落ち着いている月美が顔を覗き込む。


「あ、ああ」


俯いていた柏が顔を前に向けた。

そして、電子音と共にマシンは動き出し、びくびくの男子二人とわくわくの女子二人が前方へと進んで行った。


「キャーッ」


「うわーっ」


「おおーっ」


「ギャアァ」


四人はお腹から声を出し、コースターはあっという間に終点に到着した。


「タカシ、どうだった?」


降りながら珠子が聞くと、孝は笑顔で親指を立てた。

振り向くと、月美に支えられながら柏はよろよろと歩いている。


「タカシ、大丈夫か?俺はやっぱ無理。腰が抜けた」


「おれ、大丈夫だ!」


孝は得意気に言った。絶叫マシンを克服できた彼は珠子の手を取り誘う。


「おれたちはフリーパスがあるから、これからは毎週末これに乗りに来よう」


「タカシって結構単純で可愛い」


5歳の珠子は11歳の孝を愛おしく思った。

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