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珠子のいい事

珠子は南に面した窓から、早朝の庭を見つめていた。

目の前はいつもなら芝生が広がる庭が見えているのだが、それが今朝はとても幻想的な景色になっている。淡く霧が立ちこめ、そこに黄色味の強いオレンジ色の陽の光が斜めに射し込んでいる。

子どもながらに、珠子はうっとりとした気分になった。


「姫、何を見てるの?」


アパートの各部屋の玄関前通路を掃除し終えて戻ってきた操が声をかけた。


「ミサオ、こっちに来て」


珠子は前を見たまま操を呼ぶ。


「何、どうしたの」


操は珠子の横に並び窓の外を眺めた。


「あら、幻想的ね。庭側は結構霧が出ていたのね。玄関側はそうでもなかったのに」


「不思議なの。いつも見ている場所なのに違うところに見えるよ」


「そうね。霧に朝日が当たると、いつもとは違って見えるわ」


「なんか、いい事がありそうだな」


「あら、そう感じるの?」


「うん」


珠子は笑顔で操を見た。

そして窓の外は時間とともに霧が消えていき、太陽も高い位置に移動して、いつもの芝生の庭に戻った。

朝ごはんを食べながら


「姫、今日は何をする?」


操が聞いた。珠子は大好きな卵かけご飯をかき込みながら、


「タカシは宿題で忙しそうだし、ミサオは何をするの?」


質問を返した。


「そうね。外は暑いから、涼しい部屋の中で餃子の作り置きでもしようかな」


「お肉を餃子の皮で包むの?」


「ええ。姫も手伝ってくれる?」


「うん。餃子作る」


操は暇な時に頑張ってみじん切りにして冷凍しておいたキャベツを解凍して水気を切ると、ビニール袋に入れ挽き肉と刻んだ香味野菜や調味料や香辛料を入れて口を縛ったものを二つ作った。小さい方を珠子に渡して


「姫、出番よ。このビニール袋をよーくモミモミして」


「わかった」


二人で袋の中身がしっかり混ざるようにひたすら揉んだ。


「ミサオ、パパは向こうに行っちゃったし、カシワ君もお仕事が始まって、なんか寂しいね」


珠子が手を動かしながら言った。


「もう少ししたら、姫も幼稚園が始まるわ。そうしたら、お友だちと遊んだり先生とお話したり忙しくなって、寂しいとか忘れちゃうわよ」


「そうかな」


「そうよ。それにタカシ君とほぼ毎日会って、それだけで姫は楽しいんでしょ」


「確かに、ミサオの言うとおり」


「もし、餃子が上手く作れたらタカシ君にごちそうしたら」


「そっかぁ」


珠子は俄然頑張ってビニール袋を揉んだ。

餃子の餡ができると袋の角を操に切ってもらった。そして絞り出し方を教えてもらいながら、餃子の皮の上に餡を乗せた。


「姫、皮の縁に水をつけて、こうやって半分に折ったら合わさったところが潰れるくらいぎゅっぎゅっと押さえて。これなら姫でもできると思うわ」


操が手本を見せて珠子は真似て餡を包んだ。


「上手よ。これならタカシ君に食べてもらえるわね」


優しい祖母に褒められて、珠子は更に一生懸命作業をした。

たくさんの生餃子が出来上がり、操は自分が包んだものは冷凍庫にしまい、珠子が包んだ餃子を焼くことにした。

月美に連絡を入れると炒飯を作ると言うので、昼ごはんを一緒に食べることになった。

昼近くになり、操と珠子は生餃子を乗せた皿を持って柏の部屋を訪れた。


「うわーいい匂い。お腹空いた」


珠子が思いっきり息を吸い込んで言った。


「姫、まずはこんにちはでしょう。親しき中にも礼儀ありよ」


「そうだった。こんにちは。おじゃまします」


珠子が部屋にあがりながら言うと、


「いらっしゃい。餃子焼きますね」


月美が操から餃子の皿を受け取った。


「お義母さんも珠子ちゃんもキッチンのテーブルで座っててください」


「月美さん、タカシは?」


「今、宿題の追い込み中なの。読書感想文のために必死に本を読んでるんじゃないかしら」


「そうか。じゃあタカシの部屋に行ったらじゃまだね」


珠子が残念そうに言う。


「お昼の準備ができたら孝を呼びに行ってくれる」


月美に言われて珠子は大きく頷いた。


「あら、面白い形の餃子ですね」


ラップを剥がし、皿に並んだ餃子に目線を落とした月美が操を見た。

操は珠子を見ながら言った。


「姫の力作なの。焼いてる途中でパンクしないか心配だけど」


「それじゃ、スープ餃子にしましょうか。もし皮に亀裂が入っても、中の餡が良い出汁になるから」


月美が提案すると


「スープ餃子食べたい!炒飯にはスープ!」


珠子は自分が炒飯を頬張りスープ餃子をつるんと口に入れる姿を想像して、ニンマリとした。

キッチンから漂う美味しそうな香りを嗅いでいると、


「珠子ちゃん、お昼ごはんの準備ができたから、孝を呼んできてくれる」


月美が頼んだ。


「はーい」


珠子は椅子から下りると、足音をたてずに孝の部屋へ向かった。ドアをそっと開ける。

机に向かって、珠子に背を向けた孝はこちらに気づいていない。抜き足差し足で近づき真横に並んだ。孝の顔を見て笑おうとしたら、すでに彼がこちらを見ていた。


「あれ?」


珠子は目をパチパチ(しばたた)かせる。


「タマコがウチに来た時からわかってたよ。お昼だから呼びに来たんだろう」


孝は椅子から立ち上がり、珠子の手を取ると


「行こう」


部屋を出た。

珠子は、孝がこの頃会う度に大人になって、自分との差を感じてしまった。

四人で食卓を囲んで月美のレタス炒飯と珠子の力作餃子がたっぷり入った中華スープを味わった。


「姫の餃子、パンクしないで煮崩れもしてない。さすが、月美さん。火の通し方が上手」


操が感心した。


「グツグツ煮込まなければ誰でもできますよ。珠子ちゃんの包み方が良かったんです」


月美の話に


「この餃子はタマコが作ったのか?」


孝が珠子を見る。


「うん。中身のお肉も一生懸命モミモミしたの。それをミサオに教えてもらいながら包んだんだよ」


珠子は得意気に胸を張った。


「タマコ、凄く美味いよ」


孝に褒められて、ご満悦な珠子が操に笑顔を見せながら言った。


「ミサオ、朝に思った通り、いい事があったよ」

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