表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
176/241

デート再開

「ぎゃぁー」


通路の近くに植えられた金鯱(きんしゃち)サボテンにおもいきりダイブした男の悲鳴が温室中に響き渡った。顎、胸、腹部、太股、男の体の前面に金鯱の太く黄色く鋭い刺が見事に刺さったのだろう。

悲鳴を聞きつけて温室スタッフが三人駆けつけた。


「これはもう少し人手がいるな。何だってこんなことに」


客たちが何事かと集まって来たが、周りは鋭い刺の大きなサボテンだらけなので素人には手伝えない。もう三人スタッフがやって来て、なんとか倒れた男の体をゆっくり真上に持ち上げ通路に仰向けに横たわらせた。

男は体の前側を血だらけにしながら気絶していた。救急車と警察を呼び到着を待っている間、温室スタッフがサボテンの上に倒れていた男の一番近くにいた珠子たちに声をかけた。


「この人、あなた方の知り合いですか」


「いいえ、違います。午前中にプールで休憩してた時に、突然この人に声をかけられました。その後も傍に来て」


珠子が答えていると、孝が続きを話した。


「この人の行動が気味悪かったので、おれたちはプールでもう少し泳ぐ練習をしたかったけど早めに切り上げて、お昼を食べて、植物園に来ました。で、この温室を歩いていたら向こうからこの人が来たんです」


孝の話を聞いて、植物園スタッフは集まり何かを話し合っていた。

やがて警察官と救急隊員が到着して、血まみれ男の状態の確認と質問をしている。男は運ばれていき、警察官が珠子たちのところにやって来た。

珠子と孝は、植物園スタッフに話したのと同じ内容を警察官に伝え、録画したビデオ通話を見せた。


「お嬢ちゃん、実に美味そうだ。わたしが綺麗に食べてあげよう」


そう言った男の映像を見て、警察官たちは顔をしかめていた。

一通り警察官の聴取が終わり、孝はビデオ通話の録画データを渡した。

その後、珠子と孝は『フラワ・ランド』のオフィスに案内された。

そこには、操と柏と月美の姿があった。


「ミサオ!」


「お父さん、お母さん、どうしたの」


「どうしたのじゃないだろう。おまえたち、何もされなかったか?怪我してないか」


柏が孝たちに駆け寄る。


「孝とお義母さんの通話ビデオを見て、こちらに連絡を取ったの。とにかく無事で良かった」


「本当にそうよ。姫もタカシ君も」


保護者三人がほっと胸をなで下ろしていたのを見て


「やっぱり、おれひとりではタマコを守ってあげられないんだな」


と言って孝は落ち込んだ。


「そんなことないよ」


珠子の反応は早かった。


「私はタカシが傍で守ってくれてるのを感じて、あのおじいさんを睨むことができたの。タカシがいなかったら、私は酷い目に遭っていたよ。タカシはいつも私を守ってくれているんだよ」


珠子は彼女を狙っていた男がサボテンの上に倒れてからずっと、孝の腕にしがみ付いたままだった。


「こうやってね、タカシに触っていると、凄く安心するの」


「そうなのか?」


「そうだよ」


珠子に言われて、タカシはやっと前向きな気持ちになった。

そして、『フラワ・ランド』の責任者が珠子と孝に話しかけた。


「お嬢さん方、せっかくプールにいらしてくださったのに、ゆっくり楽しめなかったそうですね」


「私、泳ぎの練習をしたくて子ども用プールでタカシに教えてもらっていたの。でも変なおじいさんが話しかけてきて気味が悪くて、あまりプールにいられなかったの」


珠子が残念そうな顔をした。


「そうでしたか」


「その後、せっかくここに来たんだから、植物園を回ることにしたんです。それでサボテンの温室に入ったら、またあの男がこっちに向かって来たんです。そしてタマコを怖がらせた」


孝も不満気に言った。


「変質者が入場しないように、各ゲートの警備は徹底していたのですが、このようなことが起きてしまい申し訳ございません。パーク内の巡回の強化に努めます」


ランド(ここ)の責任者は、二人の子どもに深く頭を下げた。


「おじさん、頭を上げてください。悪いのはあのおじいさんなの。あの人は危険です」


と言う珠子の頭を撫でながら、操は温室のスタッフに聞いた。


「姫、いや、珠子にちょっかいを出した男について警察は捜査してくれるんですか」


「はい。こちらに来た警察官たちは捜査するって言ってました。それに……」


温室スタッフが一瞬言い淀む。

操は彼らの代わりにその話の続きを言った。


「それに、最近この近辺で幼い女の子が三人行方不明になっているので、その男が関わってないか調べると仰ってたのですね」


温室スタッフは驚いた顔で操を見た。


「あなたはあそこで、警察官の話を聞いていたんですか」


「いえ、たまたま午前中に、この辺りに住んでいる方から女児失踪の話を聞いたんです。それで、もしかしたらその男が関係しているのかなと思っただけです」


操が話すと、


「とにかく『フラワ・ランド』は子どもも大人も安心して楽しめるパークをモットーにしています。我々は今後このような事が起こらないように努めます」


責任者は宣言するように言い、お詫びの印にと年間フリーパスが入ったカードホルダーを珠子と孝の首にかけた。


「このパスで、いつでも遊びに来てください」


珠子と孝は笑顔でありがとうと言った。




『フラワ・ランド』をあとにした車の中で、


「あの子たちと一緒に帰らなくてよかったの?」


月美が聞く。


「タカシにこっそり言われたんだ。おれたちは、まだデートの途中だからって」


ハンドルを握る柏が答えながら、思い出し笑いをした。あの時、珠子が二人の時間を楽しみたいの、とマセた顔で言ったのだ。


「だけどさ、女の子が三人も行方不明って心配だな。もしタマコにちょっかいを出したヤツが本当に関係してたら、かなり不気味で最悪だよな。タマコを見て美味そうって言ったんだものな。それも真面目な顔をして」


柏は操と孝のビデオ通話の映像を思い出していた。




その頃、珠子と孝は仲良く手を繋ぎ植物園を歩き回っていた。水着の入ったバッグを柏に渡し、持って帰ってもらったので手ぶらになり足取りも軽かった。

サボテンの温室にも入ったが、もう二人の行く手を遮る者はいないのでゆっくりと見て回れた。


「あっ、お花が咲いてる!」


珠子が指さす先には、無骨な形のサボテンから白い花が開いて甘い香りが漂っていた。珠子は思いっきり息を吸い込んで


「いい匂いだね」


と言いながら孝を見上げた。


「なんか、タカシ背が高くなったね」


「そうかな。サボテンて結構綺麗な花を咲かすんだな」


「そうだね。そう言えば204号室の相沢(あいざわ)さんが、変わった植物をいっぱい持ってるんだよ」


「変わった植物?」


「じゃがいもみたいなのからハート型の葉っぱが出ていたり、壺みたいな形の植物が植木鉢から伸びてるの」


「へえ、不思議な植物だな」


「ねえ、やっぱり背が高くなった。タカシが大人になっていく。私は子どものままなのに」


珠子が沈んだ声で言う。


「おれはいつものおれだし、おまえはいつものタマコだ。もし、おれの身長が伸びたとしても、中身は急には変わらないよ。タマコの方がおれより中身は大人だ」


「そうかな?」


「そうだよ」


「タカシ大好き!」


珠子は花のような笑顔を孝に向けた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ