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ハイツ一ツ谷のホッとな日常  作者: モリサキ日トミ


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美味そうなお嬢ちゃん

プールで珠子が孝に泳ぎを教わっている頃、操は空き部屋の104号室への入居希望者と面談をしていた。

70歳になる女性で、名前は杉山直子。今現在は、丁度、珠子たちが訪れている『フラワ・ランド』近くの一軒家に住んでいると言う。夫に先立たれ、子どもたちも独立しているので、今の住まいを処分してアパートで悠々自適な余生を送りたいそうだ。


「こちらは、不動産業者を介してないんですね」


「ええ、私の子どもたちがメンテナンスをしてますので、個人で管理運営しています。見た目はよく見かける二階建てのアパートですが、各部屋共に断熱や防音はマンションに引けを取らないですし、単身者用としては水回りにゆとりのある設備になっています」


住み心地の良さと住環境には自信があります、と操は言った。


「ここは駅も近いですね。ショッピングモールもあるし、なのにお家賃が高くない」


「それも個人経営なので良心価格でやらせてもらってます。それでは杉山さん、そろそろ内見をいかがですか」


「はい、是非見たいです」


操は杉山を104号室へ案内した。


「綺麗で明るい部屋ですね」


部屋にあがってすぐ、杉山が言った。


「水回りを見ていただけますか。入居されている女性の皆さんはこの辺の設備に満足いただいてるんですよ。もちろんトイレとバスは独立しています。キッチンの使い勝手も良いと思います」


そして部屋の奥、南側の庭に面した窓へ杉山を誘導すると


「ここの掃き出し窓から庭に出られます。前の入居者さんが部屋の前に花壇を作ってらしたんです。もし、杉山さんが入居されることになって、花壇に興味がなければ、そこを潰して周りと同じように芝生に戻します」


と操は大体の説明を終えると、杉山と共に自分の部屋へ戻った。

杉山直子は、出された水出し緑茶を飲みながら


「神波さん、私、ここに住みたいです」

と伝えた。


「気に入っていただけて、嬉しいです。それでは契約の手続きの説明をさせていただきます」


操は何種類かの書類を見せながら説明をして、本契約までに用意してもらうものを確認してもらった。


「フラワ・ランドの近くなんて、良い住環境にお住まいなんですね、杉山さん。今、私の孫たちもそこのプールに行ってるんですよ」


と操は言った。それを聞いた杉山は少し顔を曇らせた。


「神波さん、私が今のところから引っ越したいと思うのは、家を処分したいからと言うのもあるんですが…」


この先を言い淀んだ杉山を見て、胸騒ぎを感じた操は思わず彼女の話の続きを促した。

杉山は重そうに口を開いた。


「このところ、フラワ・ランドの周りで小さな女の子が行方不明になってるんです」


「それで…見つかってないんですか?そのお子さん」


「ええ、立て続きに三人いなくなって、それがたまたまだと思うんですけど、私の住まいの隣に年配の男の人が越してきたんです。それからすぐ、女の子たちがいなくなってるんです」


「それは何と言っていいのか」


「私も、偶然タイミングが合っただけだと思っていたんですが、なんか子どもの悲鳴のようなものが隣の家から聞こえた気がして。その方一人暮らしのはずなんですけどね。もちろん悲鳴は聞き間違いだと思います。だけど、その男の人が何だか不気味なんですよね。私の偏見なのかも知れませんが」


「そうなんですか」


「なので、できるだけ早くあそこから移りたいんです」


「そうですか。お待ちしています」


そう言いながら、杉山の話に操は落ち着きがなくなっていた。




時を同じくして、『フラワ・ランド』の植物園を回っていた珠子と孝は、サボテンの温室で初老の男と対峙していた。

その男は、午前中にプールゾーンの幼児用プールにいた珠子に近づいてきた人物だった。


「お嬢ちゃん、また会えたね」


男が笑顔で話しかける。

そして一歩また一歩と珠子たちに近づいていた。

その時、孝のスマホに着信があった。操からだったのですぐに通話マークをタップする。


──もしもし


「おばあちゃん」


孝のこの一言で操は察知した。


──目に前に男がいるの?


操は話ながら柏の部屋へ向かう。


「おばあちゃん」


──ビデオ通話にできる?通話はスピーカーにして


「うん」


やや小さな声で珠子が話しているのが聞こえた。


「おじいさん、あなたの目的は何ですか」


「お嬢ちゃんと、お喋りがしたいんだ」


孝は後ろを向いて男と珠子がインカメラに映っているのを確認しながら叫んだ。


「今、アンタの姿はおれの通話先に録画されている!」


「それが、どうした」


男は気にせず珠子に近づいた。


「お嬢ちゃん、実に美味そうだ。わたしが綺麗に食べてあげよう」


「それ以上近寄るな!」


孝が叫ぶ。

ビデオに映る珠子は後ろ向きなのでその表情はわからないが、対峙している初老の男の様子がおかしくなった。

男は少しずつ後ずさりしている。目線はやや下を向いているので珠子の目を見ているのだろう。

男が後退すると珠子が前進した。もう、二人とも声を発していない。孝は口を開けたが何も言えなかった。


──姫!


孝の手から操の声が辺りに響き渡った。

その刹那、男は珠子に背を向けて走り出した。が、足がもつれバランスを崩して通路のすぐ近くに地植えされていた大きく成長した直径八十センチほどの金鯱(きんしゃち)という名の玉サボテンの上に、おもいきり倒れ込んだ。


「ぎゃぁー」


男の悲鳴が温室中に響き渡った。

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